密かな喜び

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私の観たい映画は動物ドキュメンタリー。 シリーズ物で、今回は北極の動物達。 実は岸田くんも自然とか動画好きだったみたい。 誘ってくれて良かったと思う。 毎日仕事から帰ったらすぐ寝るし、週末はバイトだし。 平日のレイトショーはすごい空いてて、見やすかった。 時間は遅いけど、こんなに空いてるなら1人でもまた来れるかも。 『オーストラリアの動物編とかやって欲しい。コアラとかカンガルーとか有袋類の出産的な。あとクジラとか。オレ、ペンギンも好きなんだよな。だから今日ので王様ペンギンの孵化のとこ見れてテンション上がったし』 『あんな寒いとこで生きてるの、すごいよね。一時間で凍っちゃいそう』 『うん。凍るな、確実に』 最終電車で、岸田くんと映画の話でかなり盛り上がった。 趣味が合うと話も楽しい。 楽しい時間はあっという間に過ぎて、降りる駅に着いた。 駅から離れると、街灯がポツンポツン、とあるだけの暗い夜道。 『ほんとにいいの?送ってもらって。そのあとの帰り道、歩きでしょ?』 『送りたいから送るんだし、いいんじゃないの。ん。』 ん、と言って差し出された手。 繋ごう、ってことなのかな。 私はドキドキしながらもゆっくり手を重ねた。 『あ、ありがとう……ございます……』 『ははっ、何で敬語なんだよ』 『ただ帰るだけなのに見送ってもらうって悪いなって思って…』 『そういうとこ、森下って感じ』 『え?』 『何年も前から知ってる仲なのに、奢られんのとか苦手で、何かと遠慮がちで、当たり前だと思ってなくて。前もよく送ってたけどその度に同じこと言ってた。今日だってオレが誘ってこんな時間になったんだし、デートだったんだし送って当たり前。森下はさ、ちゃんと女の子なんだし、1人で帰らせるとか心配でたまんないっていうか…………』 少しだけ、沈黙が流れて。 真っ直ぐ、私を見つめる岸田くん。
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