嵐を呼ぶ山田

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もう大分馴れた、視界を狭める黒い縁取りが無いことに気付き、手で顔に触れた。いつもならヒヤリとした無機質の感触が存在する筈なのだが、今は温かな皮膚とするりとした髪の感触のみが存在していた。これではまるで前世と全く同じだ。 「…………っ!」 急に不安が押し寄せてくる。多少のサイズの違いはあれ、前世と同じ容姿をした俺が前世と変わらない皆に囲まれて、皆と距離を置くことが出来るのだろうか。 恐らく、眼鏡は先程まで寝ていたベッド付近に置いてあるだろう。今すぐにでも眼鏡を取りに行きたい。だが、さっきの今でのこのこと取りに戻りに行って、レンに怒られはしないだろうか? 「どうするべきか……」 そのまま廊下で考え込むこと数分。この状況をどうにか出来る天啓が閃くべくもなく、俺は不安で顔を曇らせながら開けっぱなしにしていたドアの隙間に身を滑らせたのであった。 なるべく音を立てぬように、ゆっくりとした忍び足で静かに保健室内を歩く。上履きがたてる微かな音さえもどかしく感じる。 もしもレンが寝ているのなら、こっそりと眼鏡を取って保健室から脱出する。起きているのなら、低姿勢でご機嫌を取りながら眼鏡を取って脱兎のごとく逃げ出せばいい。 どちらにせよ情けないプランを頭に思い浮かべながらも、まるで泥棒のような足取りで歩いていた俺はベッド周りのカーテンの前まで辿り着いた。
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