季節外れの ‥‥19

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‥義行の、アホっ。‥キスもしてくれへんのや‥‥ 俺が泣いてても、涙も拭ってくれへんのや‥ もう、‥‥アカンのかな、‥俺の事‥‥ ‥‥見放したンやろうな‥‥‥ 徳一には義行の切実な想いの言葉が聞こえてなかった。 ベッドに寝かしつけた時に目を覚ましていた徳一は、いつもの喧嘩の後のようにキスしてくれると思ってた。 その期待は裏切られて、‥‥ ベッドで玄関の鍵がかけられる無機質な音を訊いた。 初めて感じた胸の奥で軋む音と同じ音に思えた。 声も出せずにただ涙が頬をつたっては零れ落ちる。 滲んだ視界の隅に一枚のメモが見えた。 ‥徳一へ、お風呂用意してあるから。ちゃんと温まってな。ご飯はお握りと煮麺を用意してあるから。だし汁を温めてから湯がいてある素麺いれてな。後、具材は小鉢に入れてあるから。 風邪、引かんようにな。‥‥‥義行 メモが滲む。‥ ‥こんな時に‥‥こんな事‥すんなや。 こんなん書く暇あるンやったら‥もっと、俺の事‥‥ アホ‥‥ よく見ると空白の部分に筆圧で残った文字がある。 俺はゴミ箱をあさり探したが書き損じは無かった。 ‥そうや、鉛筆で‥‥ 軽く鉛筆で擦ってみると文字が浮かび上がる。 ‥ごめんな。迷惑や無かったら、‥ 徳一の事ずっと好きでおってもええかな。 それだけ書かれていた。 ‥義行‥、 慌てて携帯かける。‥が、虚しくも着信音だけが鳴って、でる気配すら無い。 留守番電話に繋がり仕方無くきる。 もう一度かけ直す。‥‥何度も、何度も、‥‥ その度に無機質な留守番電話の案内が流れる。 諦めて留守番電話にメッセージを、‥偽りの無い今の俺の気持ちを口にする。 「逢いたい‥‥」 その言葉を口にだずと、堰をきって想いが溢れだす。 ‥義行、アカンねん。‥俺、義行が傍に居らなアカンねん。 部屋に居る事も出来ずに投げ付けた枕を探す。 キッチンの隅のゴミ袋に捨ててあった。‥‥ 慌てて取りだし汚れてないかを確かめて、枕を抱き締める。 枕からは俺の好きな義行の香りが鼻を掠める。 ‥逢いたい‥義行に‥逢いたい。 抱き締めているとまた、涙が溢れだす。 情けなくて、切なくて、‥ただ逢いたくて‥‥ 心が砕けそうになる。
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