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「悪かったと思ってる。つい、本を読んでたら時間を見てなくて……気付いたら練習がもう終わってたから。私も焦ったんだよ」
帰っていたらどうしよう、と本気で思った。
でもそれは、きっと結城の心配と比べたらちっぽけなものだったかも知れない。
私の言葉がよっぽど意外だったのか、彼は立ち上がったまましばらく惚けていた。
私もどうしたらいいのか解らず、そのまま同じように立ち尽くしている。
黙って結城の表情を観察してみると、少しずつその顔に安堵の色が広がっていくのが解った。
どさっ、と乱暴に椅子へと座り込み、結城は大きく息を吐き出した。
「……よかったぁ……っ」
彼の声には、嘘が無い気がした。
心からそう思っている、そんな気がする。
そう考えると、結城智明と関わることも悪くないのかもしれないと思えてくる。
だが、彼が男であるからには嫌悪感を抱かないのは不可能に等しい。
ただ。
その距離が、ほんの少しだけ近付いたような気がする。
それだけだった。
「……何だらけてんの。ほら、時間ないんだから急いでやるよ。何処が解らないの?」
「あ、あぁ。これがどうしてこうなるのかが…―――」
所々声が掠れてしまい、咳払いをしながら結城は懸命に問題を解く為の質問を投げ掛けてきた。
だがその質問は解らないというよりも、根本的に中学の土台がしっかりしていなかった為であり、最終的に中学の復習から始めることになった。
「あのさ……。なんで榎本は、そんなに男が嫌いなんだ?」
不意に、小さな声で結城が訊ねてきた。
それに読んでいた本をめくる手を止め、静かに視線を隣に座る結城へと移す。
この目は至って真剣な目だ。
ふざけたり、何となくで聞いたりしている訳ではないように見える。
でも、その顔は何処か悲しそうだった。
「なんで、そんなことを今聞くの?」
「……いや、別に。何となく」
「嘘だ。あんたの顔、そういう顔じゃないよ」
私がすかさず口を挿むと、結城は驚いたように小さく笑った。
「ハハ。すごいな、なんで解ったの? 俺ってそんなに解り易い顔してるかな?」
「別に、そういう訳じゃないけど。……何となく」
わざと結城と同じことを言ってみせると、無愛想に目だけを向けている私をまっすぐ見て優しげな笑顔を浮かべた。
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