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「少なくとも、好きだと言われた後に自分の為にも止めてくれと言えば、あの馬鹿も無茶は出来ないはずだ。あ、言い忘れていたがあの馬鹿に夏目漱石の『月が綺麗ですね』のような、ひどく遠回しな告白はするな。あれがそんなことを知っているとは、僕には到底思えない。たとえそれを言ったところで、間抜けな返事しか返ってこないだろうからな」
「……それ、もう少し早く言ってよ」
つらつらと止まることなく出てくる沢山の言葉に、私は思わず痛い所を突かれて溜め息を吐いた。
伎崎は口に含んでいた水を吹き出して、まさかというような顔で私を見つめてきた。
「言ったのか……? 馬鹿はなんと返してきた?」
「……本当だ。綺麗だなー、と」
「やはり馬鹿か」
はぁーあっ、とあからさまに呆れたような深い溜め息を突くと、伎崎はテーブルに突っ伏せて黙り込んでしまった。
しばらくしてから、その体勢のまま言葉を紡ぎ始めた。
「……早く行け。手遅れになっても、僕の所為ではないからな」
「ねぇ、伎崎。最後に一つだけ、聞いてもいい?」
静かに急かす彼に、私はずっと気になっていたことを聞こうとした。
始めは渋っていた伎崎だったが、ゆっくりと顔を上げて「好きにしろ」と蚊の鳴くような声で承諾してくれた。
何故其処までしてくれるのか、などと聞くのは野暮な気がする。
だからあえて、それは聞かない。
だけど、その変わりに。
「どうして、眼鏡じゃないの? コンタクトか何か?」
「……。……お前が、その方がいいと、言ったのだろう。参考にしたら、悪いのかっ」
今まで見たこともないくらいに、伎崎の顔は見る見る赤くなっていった。
それに気付いたのか、彼は視線を逸らして片手で顔を隠した。
恥ずかしそうに右側に逸らされた目が、少し可愛らしく見えた。
これは俗に言うツンデレの、男バージョンなのだろうか。
そう考えると、微笑ましくて仕方なかった。
本当は、悪い人じゃないんだよね。
それを皆にも、知って欲しいな。
「そっか。ありがとう、伎崎」
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