第七講 気持ちの“ウラオモテ”

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 彼は溢れ出る汗をユニフォームで拭きながら、息を切らしてベンチ前まで歩いてきた。  ふとその顔が上を向き、ばちりと目が合った。  最初は驚きに目を丸くしていた結城だったが、少しすると困ったように苦々しく笑った。 「ハ。すっげぇ剣幕。しわ増えるぞ?」 「うっさい、今はそれどころじゃないでしょ!?」  何処か白々しく笑う結城に、私はついカッとなって声を荒げた。  周りは驚いて視線を私に集めたが、結城は全く動じずただ私を見据えていた。  静かに向けられる視線に絡め取られてしまいそうで、私は息を呑んだ。  結城は勉強を教えている時はびっくりするくらい情けない感じになるくせに、それ以外の特にスポーツをしている時は見違えるくらい強気で飄々としている。  それが何だか腹立たしくて、ついムキになって声を張っていた。  そして鋭く睨みつけることを心掛けながら、じっと結城を見つめた。  それに結城は、面白そうに小さく吹き出していた。  完璧に遊ばれている。 「ふ、ハハ。ごめん、ついおもしろくって」 「……面白くない。全然、笑えないよ!」  耐え切れなくなった私は、結城の胸倉を掴んで睨みつけた。  それにはさすがに驚いた様子で、結城はきょとんとして目を白黒させた。  周りの人達が、一斉に私の言葉を聞いている。  こんな所で言いたくはなかったが、仕方ないのかもしれない。  ここで言わなければ、きっと結城はまた試合に出ると言い出すはずだ。 「なんで……泣いてんの?」  結城の手が、そっと私の頬に触れた。  目尻の涙を拭いながら、私の顔を心配そうに覗き込んでいる。  私は恥ずかしくて、深く俯きながら結城の服をぎゅっと掴んだ。  今しか、ない。  ―――言わなきゃ。 「……結城のことが、好き。だから……無理、しないでっ」  声が、体が、心が震えた。  怖かった。  こんな時、こんな所で告白なんかして、振られたら格好つかない。  今すぐ、逃げ出したかった。  でも、逃げられなかった。  結城に、思い切り抱き締められたから。 「……ありがとう、すげー嬉しい。でも、無茶はする」 「駄目っ! これ以上無茶するんだったら、私…―――っ」 「ごめん、あと五分だけだから。最後くらい、もう少しやらせてくれ」
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