第七講 気持ちの“ウラオモテ”

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 全てを言い終える前に、強く抱き締められて言葉を遮られた。  苦しいくらい結城の胸に押し当てられて、言葉どころか息すらままならなかった。  想像よりも固い胸板と、力強い両腕。  汗で少し結城の匂いが強く感じられて、ものすごくドキドキした。  結城の心臓も、私以上にドクドクと速い鼓動を刻んでいた。  それが運動直後の所為なのか、私を抱き締めている所為なのか、解らないけれど。 「……結城君、彼女の為にも止めてあげてよ。こんな大勢の前で、あんなことを言ったんだよ? きっと、すごく怖かったと思うし、恥ずかしかっただろうし、緊張したと思う。女の子にここまでさせておいて、『ごめん』じゃないでしょうに」 「男心ってもんを解ってねぇな、奈々子は」 「は?」  からっとした笑い声と共に入ってきたのは、部長の筑波先輩だった。  先輩相手だというのにお構いなしで睨みつける千葉さんに驚きながらも、私は結城の腕の中でぽかんと惚けていた。  部長さんの言う「男心」って、どういうことなのだろう。 「そんなこと、言ってる時じゃないです。あの馬鹿の膝は、もう限界なんですよ? そんな選手を試合に出すなんて、あたしはマネージャーとして認められません!」 「別に今まで通りフルで走れ、とか言ってる訳じゃねぇんだ。ただ、五分間ピッチに立っているだけでいい。それが条件だったから、俺は許可を出したんだ」 「それでも、相手が当たりに来たらどうするんですか!?」  千葉さんは、部長さんに噛み付かん勢いで反論した。  彼も別にふざけたり安易に許可を出したりした訳ではないらしく、真剣な顔で彼女を見据えていた。  しばらく二人の睨み合いは続いた。  その沈黙を破ったのは、結城だった。 「それなら平気です。左足に体重をかけなければ、悪化することはないので」 「け、けど……っ!」 「大丈夫。出来る限り頑張るだけで、無理はしないから。全部終わったら、ちゃんと話そーな」  ふにゃっ、と顔を崩して笑う結城に、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。  はっとして周囲に目を向けると、その場にいる全員と目が合った。  急に恥ずかしくなってきてしまい、私はどうすることも出来ず顔を赤くしてただ俯いた。  結城はそんな私の頭を優しく撫で、またぎゅっと壊れそうなくらい強く抱き締めてきた。  それにまた、私の顔は火が出そうなほど熱くなった。
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