第七講 気持ちの“ウラオモテ”

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 ボールを取りにきた相手選手との接触を避けようとして、思わず左に切り返したのが原因だったらしい。  結城の弱っていた左膝の靭帯は断裂し、一週間近くの入院を余儀なくされていた。  そして今日、結城が病院に運ばれてからちょうど一週間が経った。 「……暑い」  眩しい太陽の日差しを避けようと、私は空に手をかざす。  指の隙間からきらきらと光が洩れて、その暑さをより強調しているように思えた。  制服姿の為、ワイシャツが汗で体にぴたりとくっついてきて気持ちが悪い。  空気を入れようとシャツをつまんで動かしても、熱気が出てくるだけで一向に良くはならない。  少し鬱陶しくなって、私は額に滲む汗を腕で拭った。  今日は親から預かっていた提出物を、わざわざ先生に出しに行かなくてはいけなかった。  本当は琴音達に結城のお見舞いに行こうと誘われていたけれど、皆で会いに行っても少し気まずい気がして断ってしまった。  その口実として、私は今日学校へ行く。  ついでに、図書室で勉強でもしようかと思っているのだが。 「榎本?」  不意に耳へ飛び込んできた声に、私は目を疑った。  目の前にいたのは、なんと海堂謙悟だった。  しばらく言葉が見つからずに硬直していると、真っ先に彼は勢いよく頭を下げた。 「え……ちょっと、何、急に……」 「……ケジメ」  一言だけ言うと、すぐに海堂は顔を上げて私の目を見た。  二年前よりも伸びた身長は、恐らく結城よりも大きいかもしれない。  顔付きはこの前会った弟を少し柔らかくしたような印象で、色々と昔よりも大人っぽくなっていた。  高等部に上がる時、海堂は他の高校を受験していた。  だから今は通っている高校も違うし、接点は何一つ無くなっていた。  だから正直、もう会うことはないと思っていた。  会ったとしても、きっと私は全力で逃げ出すと思っていた。  でも案外会ってみると、何も感じなかった。  ただ、驚くだけ。 「智明とは、どんな感じ?」 「……どんなって言われても、困る」 「付き合ってんじゃなかったのか?」  本当に驚いた様子の海堂に、私は眉を下げて首を横に振った。  納得がいかないように唸ったかと思うと、海堂は空を見上げて息を吐き出した。
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