第七講 気持ちの“ウラオモテ”

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 へらっ、と力無く笑う橋田には、それ以上言う元気など残っていないようだった。  私は小さく溜め息を吐くと、結城の腕を突いて促した。  今更だが、結城はまだ一人で歩ける訳ではない。  勿論のことながら、松葉杖は必須だ。  動くのも其処まで速くないし、焦れば転倒する恐れもある。  びっこをひきながら歩く結城を見守りながら、私は未だに抱き合っている二人に声を掛けた。 「邪魔者は退散するから、二人でごゆっくり」  少しわざとらしいかもしれないと思ったが、それでも二人のことを応援しているのに変わりはない。  立ち去っている私の背に澪が何か言っていた気がするけれど、あえて答えずにそのまま階段を下りた。  やっとの思いで一階まで下りた結城の元へと近付くと、疲れたのか少し息が上がっていた。  お疲れ、なんて一言を掛けて、私は結城のバッグを奪うように持った。  ぎょっとしたように目を見張って、彼女に持たせるとか無理、と結城は取り戻そうと片手だけで抵抗してくる。  だが、行動範囲が広い私にはどうやっても追いつけないようで。  途中からは諦めたようにうなだれて、今度なんか奢るから、と小さく呟いていた。  その顔は少し、赤くなっていたように見える。 「……膝、大丈夫なの?」 「ん、や。まー、リハビリ頑張れば、来年度には部活も復帰出来るだろうって」 「そっか。よかったね、唯一の取り柄が無くならないみたいで」 「う、うるせーっ」  ぽかっ、と弱々しい手刀が、私の頭に振ってきた。  むくーっとふくれ顔だった結城の表情は少しずつ赤くなっていき、何処か言い辛そうに視線を泳がせていた。  ふと小さく開かれた口から、蚊の鳴くような声が聞こえてきた。 「今は、その……小夏がいてくれれば、何もいらない、けどっ」 「……えっ? 今、なんて…―――」 「うわあぁぁっ、なっ…何でもないっ! なん、何でもないんだぁっ!」  出来ることなら今すぐ走り出したそうな結城は、火が出たのではないかというくらいに顔を真っ赤にしていた。  ちゃんと一語一句全て聞こえた訳ではなかったけれど、何とな聞こえてきた。  だからつい、表情が勝手に緩んでしまう。  それに気付いた結城は、耳まで真っ赤にしたまま不機嫌そうに睨んでいる。  そんな姿が可愛くて仕方ない、なんて言ったら、きっと怒られてしまう気がする。
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