第一講 磁石のような二人

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「……傘、ないの?」  昇降口まで来たところで、じっと曇天を睨み付ける私に結城が声を掛けてきた。 「まぁ、ね。でも、其処まで遠くないし、走ればいいかな」  適当に、思ってもいない無謀なことを言ってみる。  でないと、傘を渡して帰られそうで嫌だった。  だが、彼の出した答えは意外過ぎるものだった。 「ふーん。……入る?」 「えっ」  思いがけず、間の抜けた声が出る。  惚けたように見上げる私を茶化すことはせず、結城は静かに私の答えを待っていた。  その顔はいつも通りの、少し気だるそうな無表情。  瞳はじっとこちらを見据えていて、決して私の首を横には振らせなかった。 「で、でも…―――」 「送るよ」  バッ、と大きなコウモリ傘を広げ、結城は一歩外に出る。  少ししてもなかなか私がついて来ないから、何してんの、と言わんばかりにじっと振り向き様に見つめてきた。  なんだ、それ。  急に、口数少なくなってさ。  何なんだ、一体。  なんで……こんな、緊張してるんだ。  渋々、結城の隣に並んだ。  すると私を見ていた瞳が優しくなって、ほんの少し口角が緩んだ。  私の小さな歩幅に合わせて、たらたらとゆっくり歩く。  それでもたまに遅れて濡れそうになり、私はその度に慌てて駆け寄ろうとする。  だが、その近さに後退って少し雨に濡れる。  それに気付いた結城が、自分の方の傘の面積を減らして私の方に寄せて差してくれた。  それを何度も繰り返している。 「……」 「……」  しばらくの間、会話が交わされない静寂が続いた。  特に親しい訳でもないし、どちらかといえば顔を合わせる度に口ゲンカをしていた。  何かと癪に触ったり、苛々したり。  同じクラスになって席が近くになった時から、こいつとは一生分かり合えない気がしていた。  それでも、こうして並んでケンカすることなく歩く日が来るとは……人生、解らないものだ。  沈黙の中、ペースを合わせようとして何度か結城の様子を窺ってみる。 「……っ」  わ、近くで見ると、結構……。  其処まで考えて、私は自分の思考が恥ずかしくなり考えるのを止めた。
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