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「その、この夏の間だけでいいんだ。それ以降は、お前が嫌ならもう話し掛けない。他の奴等にもそう伝えておく。……それでも駄目か?」
彼なりに妥協したのだろう。
少し残念そうに俯き気味に告げた結城に、私は真剣に考え込んで腕を組んだ。
その間に焦っているのか、結城はせわしなく頭を掻いたりポケットに手を突っ込んでみたりと落ち着きがない。
彼の提案もそれなりだろうと思い、私は短期間講師を引き受けることを決めた。
「仕方ないな、その条件なら引き受けてあげる。ただし、その条件は絶対。解った?」
「へっ……? あ、あぁ、引き受けてくれるのなら何だっていいさ。本当にありが…―――ぐはっ!」
嬉しさのあまり手を取り握手をしようと試みた結城を、悲劇が襲う。
といっても、完全に私の所為ではあるのだが。
私は反射的に伸ばされた手を弾いて、その勢いのまま結城の腹に回り蹴りを繰り出していた。
急な不意打ちに防御態勢も取れないまま、彼は崩れ落ちるように腹部を押さえながら倒れた。
しばらくの間、彼は呻き続けていた。
「あ、ごめん。でも、私はさっき忠告したはずだけど」
「お、おぅ。そう、だったな……にしても、手加減が一切ねぇ……っ」
私が全く悪びれもせずにさらりと謝罪すると、苦しそうに言葉を切りながらふらふらと立ち上がって体育館の壁に凭れ掛った。
頼んだ手前其処まで強く怒れないのか、結城は苦笑しながら私が蹴りをお見舞いした辺りのお腹をずっと擦っていた。
彼の様子はあまりにも痛々しくさすがに罪悪感が湧いたが、自分からは絶対謝らない。
何故ならば、私は前もって言っていたからだ。
“近付かないで。近付いたら反射的に足が出るから”、と。
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