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「寒ぅい!」
店の前、あちこちから、同じ声が上がる。
アルコールの入った体でも、師走の夜風には抗えない。
(わ、夜って、もうこんなに寒いんだ!)
私も、めったに着ないロングコートの襟を立てる。
夜と言っても、十時すら回っていないけれど
働いていない私には、息子の就寝時間以降は、十分に夜更け。
休日遊びに出ても、この時間に出歩くことはない。
「次、カラオケ予約取れたよー
店、こっちね」
誘導して先頭を歩きながら、半数に減った顔ぶれを眺めた。
「寒いね」
「……うん、寒いね」
私の横に、綾瀬川さんが並んだ。
狭い歩道は、二人でいっぱい。
強く乾いた風が、細長いママたちの群れを寸断し、他の甲高い声を吹き飛ばす。
「さっきは、ごめんなさい」
隣でも、吹き消されそうなつぶやき。
この冬の新しいコートに身を包み、彼女は、真っ直ぐに前だけを見つめていた。
「ううん、いいのよー。
だって、私……」
風に散らされていく巻き髪に、私は今度こそ、はっきりと答えた。
「私も、貴女が嫌いだった」
くるりと上げられたまつげが、ピクリと揺れた。
「嘘でしょ」
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