愛別離苦

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その夜、典子と談笑する達也の表情には安堵感が漂っている。 「お母さん、子供達にはびっくりさせられたよ。二人とも、もう子供じゃない。しっかりしているわ。心配していた俺が恥ずかしくなってしまったよ」 「そうね。二人ともお父さんの病気を真正面から受け容れてくれた。ここに引っ越したのも紫織が提案したからよ」 「そうかぁ、俺って幸せもんだなぁ。素晴らしい子供達に育ててくれてありがとう」 達也の清々しい表情を見つめながら、典子が寝台へ歩み寄った。 「ううん、お父さんの愛情があの子たちに伝わっていたんだと思うよ。ところで、私に話す事はないの?」 「お母さんには感謝してもしつくせない。これ以上望んだら、罰(ばち)が当たるよ。面と向かって言うのが恥ずかしいから、手紙を書こうって思ってる」 「あらっ、ラブレター、嬉しいわ。 じゃ、私からお父さんに言っておきたい事があるんだけど、いいかしら?」 「もちろん、いいよ。話してみて」 「お父さんの病気に気付いてあげられなくて本当にごめんなさい。ほら、去年の健康診断で貧血って指摘されたじゃない。それからもお父さんは、『疲れた、疲れた』と口にしていたのに精密検査に行かせなかった事を反省しているの。ごめんなさい、妻失格です」 典子は今までずっと心の底に伏せていた自戒の念を吐き出して、ほっとしたのだろう。 涙が頬を伝って一気に流れ落ちた。
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