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「本当、何が楽しみで生きてんだか…。酒も煙草も女遊びもやらないで、編集長のヒモになって生活してて、あんたに何の楽しみがあるわけ?小説ぐらいささっと仕上げなさいよ。本当つまらない男…。」
「すみません…。」
俺は喋りながら煙草の煙を吐き出す編集長をぼんやり見た。
この人には心底感謝している。
無名の「自称作家」だった俺の才能をいち早く見抜いて、衣住食を与えてくれ、小説が売れたときに恩返しでエルメスのバーキンをプレゼントすると、編集長は泣いて俺を抱きしめてくれた。
母親のようなそんな存在だ。
赤の他人の俺にあそこまで尽くして、夢を応援してくれた人は今まで一度もいなかった。
そんな、恩師でもある編集長に俺は背を向けて更なる我がままを口走っている。
本当にどうしようもないニートだ。
どれぐらいの沈黙が続いたのだろう?
窓からオレンジ色の光が差し込んできた。
編集長は3本目の煙草に火を点けて、それを口にし、やっと俺を見てくれた。
「いいわ。あんたは頑固だし、私も頑固。だから今回もあんたより大人な私が降りるわ。」
吸い始めたばかりの3本目の煙草の灰を灰皿の上でトントンと落として、乱れた髪を耳にかけた。
「休暇は無期限にしてあげる。」
「え?」
拍子ぬけた声を俺が出すと、編集長は煙草を吸いながら更に続けた。
「もちろん、条件付き!休暇を終わらせるのはあんた次第。」
編集長が冷たい目で俺を見た。
「もし、今後良い作品が書けそうにないと思ったら、休暇を終わらせて辞表を書きなさい。今までの援助を仇で返すようなことだけはさせないわ。今回は本気だから。これは、ビジネスの話。もうあんたもいい年なんだし、年上の女から援助を受けてぼんやり過ごすのを卒業しなきゃ。」
編集長の目は本気だった。
「直木賞作家だったのは、昔の話。過去の栄光にあぐらをかいて危機感も持たないまぐれな一発屋になんかお金を使ってる場合じゃないの。この数年でこの会社も変わった。不景気で、ニート状態のあなたを養うために、何人の社員をクビにしてきたと思う?出版業界は甘くないわ。ここを追い出されたら、あんたはただの人間。世間は直木賞作家なんか相手にするほどチヤホヤしてはくれないわよ。いい加減目を覚ましなさい。そのために私にもあんたにも、腹をくくる時が必要よ。」
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