幻惑の森 戸惑いの幻影

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「ん……はむ……」 耳元で、誰かの息遣いが聞こえる。鼓膜を揺する微かな音に、陸斗は意識を覚醒させた。 一体、いつの間に気を失っていただろうか。記憶を辿っていくと、レティシアの急襲から、それを食い止めるアルマとの別れ。急に身体が浮き上がったかと思えば、真っ白な光に包まれたのだ。 そこからの記憶が、スッパリ途切れてしまっている。とりあえず、まずは起き上がって――― 「う…………」 何やら、ヌメった生温かいものが顔中を這い回っている。目覚めたばかりで感覚が鈍いが、ヌメヌメだけに不快指数は鰻登りであった。 恐る恐る瞳を開き、視線を息遣いの方向へと向けてみる。すると――― 「…………」 「…ん、ふぁ……はぅ……」 陸斗の頭を膝に乗せ、呼吸も荒く熱心に口元から覗かせた舌で頬やら額やらを舐め回してくるラクーの顔が目に入った。 どうやら、先ほどからの感触は全て、ラクーによるものだったらしい。陸斗を起こそうとしているようだが、半分ほど動物を素材に造られたせいか、その起こし方も非常に動物的である。一応、人間の部分も同程度含まれているはずなのに。 「…ら、ラクー……起きてる、もう起きてるから……」 「―――!」 このまま身を任せ、本格的に舐め溶かされては堪らない。軽く片手を上げながら声を掛け、陸斗はラクーに復活を知らせた。 その瞬間、驚いたように顔を離して固まるラクー。大きく見開かれた無垢な瞳に、こんもりと大粒の涙が浮かび上がった。 「リクトさん!ようやく起きてくれたんですね!心配したんですから!」 「ああ……おかげさまでな」 顔をベチャベチャにしてくれた御礼に、もっと皮肉の一つや二つを言ってやりたいところだが、心配させてしまったのは紛れもない事実。後で尻尾をモフモフする刑くらいで勘弁してやろう。 とりあえずラクーの膝から身体を起こし、肩や首を回して固くなった身体をほぐす。 改めて周囲を見回すと、ここはどうやら深い森の中のようだ。四方八方を大きな木々や植物に囲まれており、見たこともない大きな毒々しい色合いをした花が甘ったるい芳香を漂わせている。 確かアルマは別れ際に、仲間達の住む隠れ里に送ると言っていたが、自分と同じ竜人の魔力は一切感じられない。とてもではないが、ここがその場所とは思えなかった。
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