幻惑の森 戸惑いの幻影

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父親に手を引かれるまま、クレアは茉莉に背を向けて歩き出した。何度も振り返るが、弱り切った茉莉が起き上がる気配はない。 あのままでは、魔物に襲われてしまう可能性も否めないだろう。その時、クレアの中で一つの考えが思い浮かんだ。 おもむろにポケットから取り出したのは、真っ黒に黒ずんだ小さな小石。こんな見た目でも、その性質は魔法発動体として使用される魔石の一種である。 しかし、これ自体はさほど珍しいものではなく、特にこれだけ小さいものだと価値も低い。クレアも何となく、くらいの気持ちで持っていたものだったが、ようやく役立つ時が来たようだ。 魔石を強く握りしめ、自分の魔力を込める。再び開かれた手の中の魔石は、黒一色から真紅に変化し、赤光の輝きを放っていた。 これで、準備は完了だ。振り返り様にクレアは、動けない茉莉へ向かって魔力を込めた魔石を放り投げた。 魔石は数回ほど地面をバウンドして、茉莉の傍らで静止する。込められた魔力が霧散するまで、この魔石は自分の魔力を発し続ける目印になるだろう。今は、これに陸斗達の誰かが気付いてくれることを祈るしかない。 両親の間に挟まれて、奇っ怪な花々の咲き乱れる森の道無き道を進んでいくクレアと、その背中を見つめる微かな視線。気を失っていたと思われた茉莉が、微かに瞳を開いていた。 「こりゃあ……マズいことになっちまったねぇ……」 その呟きを最後に、再び茉莉の意識は暗い闇へと堕ちていった―――
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