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かつて訪れた街のどれにも劣らないほどの賑わいに溢れており、陸斗達の傍らを多くの人々が通り過ぎていく。
何時の間に街の門をくぐったのかさえ定かではないが、いくら強く頬を抓っても目の前の光景が蜃気楼のように消え去ることはない。クレアの言葉通り、間違い無くこの街は存在していた。
「さぁ、行きましょうか。はぐれるといけないから、ちゃんと私に付いて来てね」
「あ、ああ……」
あまりにも突然の出来事に驚きを隠せない陸斗に対し、微塵も動揺を見せず平然とした様子でクレアは歩き出す。
一時はこの街、そして人々の存在すら夢幻と思っていた陸斗だが、徐々に時間が経つにつれて納得出来るようになっていった。
なにせ、ここはごく普通に魔法の存在する不思議な世界。森に潜む魔物から身を守るため、そういった霧に隠れる魔法を使っていたということも十分に考えられた。
「そらみろ、レティシア。やっぱりクレアの言うとおりだったじゃないか」
「ククッ……ああ、そうだな。まったくもって、我の予想などアテにならぬものだな……」
クレアのあとを付いて行きながら、彼女の言葉を否定したレティシアを茶化す陸斗。
しかし、彼女も負け惜しみのつもりだろうか。どことなく愉快そうに陸斗の背中から周囲を見回しては妖しい笑みを浮かべている。
「ったく……まぁ、これでようやく休めるってもんだ。なぁ、ラクー……ラクー?」
あまり長い時間ではなかったものの、共に不安を乗り越えたラクーと今の喜びを分かち合おうと思った陸斗だったが、少し彼の様子がおかしい事に気が付いた。
安全な街の中に入ったというのに、まったくその警戒を解いていない。不安そうに陸斗の服を握りしめ、レティシアのように辺りを見回してはヒクヒクと小鼻をヒクつかせて匂いを嗅いでいる。
「ラクー、どうしたんだよ?そんなにこの街が珍しいのか?」
「い、いえ、そうではないんですけど……まだ鼻が利かないみたいで、何とも言えないですけど……ちょっと、変じゃないですか?」
「変……?」
ぐるりと周囲を見渡し、陸斗は首を傾げた。ラクーはそう言うけれど、やはり見た感じ気になるような違和感は無い。
一瞬たりと気の抜けない環境から急に安全な場所に入ってしまったものだから、ラクーもまだその緩急について来られていないのかもしれない。
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