幻惑の森 戸惑いの幻影

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あまり思慮深いようには見えないが精悍な顔付きをしており、どこか自信に満ち溢れているかのような印象を受ける。 しかし、陸斗が何より驚いたのはその姿。歩みを進める度にチャキチャキと床を引っ掻く鋭い爪を備えた足、そして両腕は肘の辺りまで深い紺色の鱗が覆っており、広げれば数メートルにはなりそうな巨大な翼を備えている。 極めつけは、天を貫くかのように上向きに伸びた二本の角。陸斗の胸の鼓動は、早鐘を打つように高鳴っていた。 「まさか……そんな……」 「リクトさん、あの人知ってるんですか?」 服の袖を引っ張ってくるラクーに、陸斗は言葉も返せない。あの姿は、紛れもなく自分やアルマと同じ竜人だったからである。 しかし、陸斗の驚いた理由はそれだけではなかった。 知っている。自分はあの男、あの龍人を。意識の奥で見た光景の中で、あの男は呼ばれていた。 そう――― 「早くして下さいよ、ティアマット様ッ!」 「へいへい、何度も言われなくてもわかって―――おっ」 ティアマット。そう呼ばれた男が陸斗と向き合う形で立ち止まる。少し驚いたような顔をしていたが、すぐに優しげな笑みを見せた。 「…久しぶりだな。もう何年、いや何千年……ああ、お前はまだこんな小さかったからな、何も覚えちゃいないか。だが―――」 ティアマットは一声も発せずに固まっている陸斗へと歩み寄り、しばらく顔を眺めていたかと思えば、おもむろに彼の頭に片手を乗せる。その瞬間、陸斗の心臓は大きく飛び跳ねた。 「…立派になったな、リクト」 「――――っ」 ティアマットの手が動き、陸斗の頭を撫でる。温かい、大きな手の平。顔を俯かせていた陸斗は、ゆっくりと顔を上げてティアマットを見上げた。 「あ、あの……貴方、は……?」 「ん?ああ、お前は俺の事なんて何も知らねぇもんな。じゃあ、ちゃんと自己紹介ってやつをしなきゃなんねぇな」 声を震わせる陸斗の言葉にティアマットは力強く頷くと、キラリと輝く白い歯を見せながら爽やかに口を開いた。 「俺は竜人の長、ティアマット。そして……お前の父親だ」
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