幻惑の森 戸惑いの幻影

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「う~ん……参ったわねぇ……」 場所は変わって、ここは陸斗達と同じく森の何処か。やや高い一本の木の下で、クレアは困り果てた表情で周囲を見回していた。 見えるものは、相変わらずお化けのような奇妙な形をした木々ばかり。先ほどからずっと捜している陸斗達の姿は当然ながら見当たらず、クレアは重々しく溜め息をついた。 急に光が消えたかと思えば、見知らぬ森の中に放り出されていたのだ。陸斗達ともはぐれてしまい、現在途方に暮れている真っ最中である。 しかし、何も悪いことばかりではない。たった一人ではぐれたかと思えば、近くにもう一人の仲間を発見したのだ。 それは――― 「さ……さ、さけぇぇ……」 文字通り生命の源である酒を切らし、もはや虫の息の茉莉。足下で横たわる彼女を見下ろして、クレアはまたもや溜め息をつくのだった。 「もう、しっかりしてよ!早くリクト達を見付けなきゃならないんだから!」 「さけ……あぁ、さけ……しゃけぇ……」 クレアへと救いを求めるように手を伸ばしながら、茉莉はガックリと情けない譫言を最後に力尽きた。燃費が悪いのはとりあえず置いておくとして、この緊急事態な状況でそれは非常に困る。 「まったく……でも、ここ何処なのよ……」 あの転送装置とやらの送り先が東の大陸に設定されていたのならば、この地が既にそうである可能性が高い。 しかし、残念ながら手元に現在地を確認出来るものは無し。まさに手詰まりといったところか。 「―――っ!?」 クレアが三度目の溜め息をつこうとしたその時、近くの茂みが音を立てた。 人気の無い深い森の中である。何が出てもおかしくはない。一瞬フリーズしていたクレアはすぐさま我に戻り、行動不能の茉莉に勢い余ってワンパンチをぶちかました。 「マツリ起きてッ!いいから起きて!早く起きてッッ!!」 「が、がはっ……い、いいの入っ……た……よ……」 それが、茉莉の遺言となった。冗談の余地無しであっちの世界へと旅立っていった彼女の抜け殻を盾に、クレアは茂みの中に潜む者を待ち受ける。 「そこに、誰か居るのか?」 不意に、茂みの中から男性の声が届く。その瞬間、クレアは自分の心臓が高鳴るのを感じた。 もう久しく聞けなかった、懐かしい声。しかし、それはどんなに時が経とうが、決して忘れることが出来ないものである。
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