幻惑の森 戸惑いの幻影

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「でも、まさか……」 動かなくなった茉莉を横たわらせ、信じられないといった表情を浮かべたクレアはゆっくりと立ち上がった。 ドキドキと痛いくらいに高鳴る胸の中で、徐々に大きく膨らんでいく期待。ゴクリと喉を鳴らし、クレアは微かに震える唇の隙間から、何とか声を絞り出す。 「もし、かして……お、お父……さん?」 「その声は……っ!そこに居るのは、クレアか!?」 「クレア!そこに居るのね!?」 聞き覚えのある声と共に激しく茂みが揺れ、掻き分けてクレアの前に現れたのは一組の男女。 いかにも戦士といった風貌の茶髪の男性は白銀の鎧に身を包み、彼の背後に少し遅れてやってきた金髪の女性もまた、男性と趣味を合わせたかのような純白のローブを纏っており、その手には魔術師であることを証明するかのように、蒼い宝玉を先端にあつらえたジェムワンドが握られている。 何年も月日が開いたが、見違えるはずがない。それは恐らく、目の前の二人も同じ――― 「お、父さん……?お母さん……なの……?」 震える言葉を、クレアは何とか喉奥から搾り出す。ゆっくりと、二人へ向けて歩を進めながら。 「ああ……そうだ。立派になったな、クレア……っ」 「さぁ、いらっしゃい。もっとその顔を、お母さんに見せて頂戴……」 ずっと、その声を聞きたくて仕方がなかった。何年も、何年も、ただ手紙に書かれた文面を読むことで抑え込んでいた。 それが、遂に決壊する。感情が堰を切ったように涙となって溢れ出し、クレアは腕を広げた父の胸へと飛び込んでいった。 「なんでッ!なんで手紙出さなくなったのよッ!ずっと、ずっと心配してたんだからぁ!」 「悪い、本当に悪かった。ずっと仕事が立て込んでしまってな……だが、立派になったな、クレア。お前が俺達を追って、まさかここまで来るとは思わなかったぞ」 「本当に、良い顔になって……すっかり苦労を掛けてしまったわね。これからは、ずっと一緒よ」 父の温かさと母の柔らかさに包まれて、クレアの心に充足感が満たされていく。いつの間にか涙も止まり、呼吸にもだいぶ余裕が出てきた。 「もう、大丈夫なのか?」 「恥ずかしがらないで、もっと甘えてもいいのよ?」 「こ、子供扱いしないでよ。もう私は、お母さんにも負けない一人前の魔術師なんだから」 父の胸から顔を上げ、一歩離れる。
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