25554人が本棚に入れています
本棚に追加
歩き始めたものの、室井の足取りは遅く、カラダが揺れている。
そして、ついには止まってしまった。
遊歩道の柵によりかかり、彼女は俺の存在を忘れたかのようにまた桜の景色に入りこんだ。
話しかけようとも思ったが、俺も今年最初で最後の花見を堪能することにした。
毎年一人で来ているが、この景色は素晴らしい。
その上、今年は室井が一緒だ。
お互い、景色に酔っていて近付き過ぎていたことに気付かなかったのか、小さく肘がぶつかった。
彼女と顔を合わせた瞬間、
どうしようもない感情に襲われた。
室井は酒など飲んではいないのに、まるで酔っているような潤んだ瞳で、言葉もなくゆっくり微笑んだ。
その表情は
頼りない街灯に淡く照されて、なんとも言えない色気を帯びていた。
…参ったな。
言葉にするつもりなどなかったのに、続きが口から零(コボ)れてしまった。
「…そんな顔…俺以外に見せるなよ…。」
おまけに無意識の内に室井の頭に触れてしまっていた。
最初のコメントを投稿しよう!