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それからというもの、あの横断歩道を通るたびに私は女の子に話しかけられるようになった。
「マーユちゃん。今日も塾?」
どこからともなく声が聞こえてくる。
「ちがうよ。私が通っているのは音楽教室。ほら、あそこの角を右に曲がってしばらく歩いた突き当たりにあるでしょ」
「わかんなぁい」
声はキャハハ、と笑う。
向かいの歩道を歩いていたスーツ姿の男性が私を一瞥すると、足早にその場を去っていった。
「ねえ、音楽教室が終わったらわたしと遊ぼうよ。お友だちもマユちゃんしかいないし、しばらく遊んでなかったからずっとつまらなかったんだ。ね?」
私は困った表情を浮かべてみせる。
「私、ママに寄り道しないですぐに帰ってきなさいって言われてるんだ。それに、声だけじゃなんにもできないでしょう。私の前に出てきてよ」
「……アハハ、それはできないんだ」
急に声に活気がなくなった。声だけで肩を落としている女の子の姿が想像できる。
「話すだけじゃつまらないでしょ。私もレイカちゃんがどんな子なのか知りたい。出てきてよ」
女の子は押し黙った。何を躊躇っているのだろう。単なる恥ずかしがり屋なのか、他にちゃんとした理由があるのか……。なぜかはわからないが、何度頼んでも目の前に姿を現す気配がないので、とりあえず別れの挨拶を告げて家に帰った。
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