愛のカタチ

33/53
前へ
/1074ページ
次へ
まだ早いせいか、処刑場に来ている人は誰もいなかった。 江戸の浜辺。 小五郎さんの死を知らせる立て看板が寂しく立っていた。 「この距離から駆けつけることができるか……?」 「大丈夫だよ土方さん!土方さんなら出来るよ、うん!」 「梢、お前完全に他人事の言い方……」 「はいはいっ!気にしないの!私、逃げ道の確保してくるね」 土方さんと梢ちゃんは草むらの方へと向かい、それぞれのやるべきことを確認する。 私は誰もいない浜辺に立ち、海を見ていた。 「小五郎さん……」 ”いつ失うかわからない命” 小五郎さんはそう言ってた。 こうなる運命だったんだ、と。 こんな人生だったんだ、と。 諦める人はどれだけいるだろう。 志を遂げずに死ぬ人。 愛する人を置いて死ぬ人。 悔いを残す人はどれだけいるだろう。 考えたって、わからないことが多いけれど。 私は今、人一人の運命に抗うようなことをしようとしている。 『罪人を逃がす』 世間から見たら、私も共犯者になるだろう。 だけど、世間からどう見られたって構わない。 私には、小五郎さんだけ。 小五郎さんさえ隣にいてくれたら、それでいいの…… 「櫻ちゃーーん!」 梢ちゃんに呼ばれる声がする。 私は後ろを振り向くと、人がちらほらとやってくるのが見えた。 そろそろ戻ってこい、そう言うことなのだろう。 私は草むらの方へと走り出した。 「いよいよ、だね」 「いいか、くれぐれも無茶だけはするな。自分自身に出来ることをしろ」 「ぷっ……土方さん、なんだか御用改めをする前みたい……」 「うっせぇ。似たようなもんだろ」 照れ隠しなのか、そうでないのか。 土方さんは狐の面をつけて顔を隠した。 その姿を見て私と梢ちゃんはクスッと笑う。 不安と緊張が少し和らいだ気がした。
/1074ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2102人が本棚に入れています
本棚に追加