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まだ早いせいか、処刑場に来ている人は誰もいなかった。
江戸の浜辺。
小五郎さんの死を知らせる立て看板が寂しく立っていた。
「この距離から駆けつけることができるか……?」
「大丈夫だよ土方さん!土方さんなら出来るよ、うん!」
「梢、お前完全に他人事の言い方……」
「はいはいっ!気にしないの!私、逃げ道の確保してくるね」
土方さんと梢ちゃんは草むらの方へと向かい、それぞれのやるべきことを確認する。
私は誰もいない浜辺に立ち、海を見ていた。
「小五郎さん……」
”いつ失うかわからない命”
小五郎さんはそう言ってた。
こうなる運命だったんだ、と。
こんな人生だったんだ、と。
諦める人はどれだけいるだろう。
志を遂げずに死ぬ人。
愛する人を置いて死ぬ人。
悔いを残す人はどれだけいるだろう。
考えたって、わからないことが多いけれど。
私は今、人一人の運命に抗うようなことをしようとしている。
『罪人を逃がす』
世間から見たら、私も共犯者になるだろう。
だけど、世間からどう見られたって構わない。
私には、小五郎さんだけ。
小五郎さんさえ隣にいてくれたら、それでいいの……
「櫻ちゃーーん!」
梢ちゃんに呼ばれる声がする。
私は後ろを振り向くと、人がちらほらとやってくるのが見えた。
そろそろ戻ってこい、そう言うことなのだろう。
私は草むらの方へと走り出した。
「いよいよ、だね」
「いいか、くれぐれも無茶だけはするな。自分自身に出来ることをしろ」
「ぷっ……土方さん、なんだか御用改めをする前みたい……」
「うっせぇ。似たようなもんだろ」
照れ隠しなのか、そうでないのか。
土方さんは狐の面をつけて顔を隠した。
その姿を見て私と梢ちゃんはクスッと笑う。
不安と緊張が少し和らいだ気がした。
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