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先に再び口を開いたのは三助だった。
「ほら、菊弥。折角の髪飾りが、下を向いていたら台無しだぞ。」
「三助、お前は知らないだろうがここまでの飾りを髪に付けるには、半刻半(一時間半)かかるのさ。私は他の客にはここまでしない。」
「そうか。」
菊弥が何を言いたいかはっきりは分からなかった梅若だが、少し分かったものだから
もどかしさの余り足を軽くばたつかせる。
「まさか、それが何を意味しているのか分からないのかい。三助。」
「いや、それは分かるさ。そこまで好いてもらえて俺も悪い気はしない。」
「だったら、私を連れ出しておくれよ。こんな夜明けも見えない場所から。」
菊弥が喉から絞り出すような声で言った。
少年は思わず襖から身を引いて口を塞いだ。
(まさか、菊兄さんが自分から脱走を謀るとは。)
すぐにまだ決まった事では無いと耳を襖に戻す。
「買えない私を買おうとするよりも、そっちの方がずっと確実だろう。」
「しかし。」
「金ならあるだろう。三助。私を買おうとしていたのだから。」
何とも言えない空気の張りが襖の向こうを満たす。
梅若は芝居でも見ている気分になった。
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