Prologue

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――悪魔のすむ隔絶された世界、 虚無界(ゲヘナ)。 ある薄暗い部屋の中。手術台だろうか。 無機質な金属の台に敷かれた粗末な布の上に 珍しいエメラルドグリーンの髪の小さな赤子が 寝かされていた。 先程まで怪しげな明かりが灯され 角や牙、尻尾の生えたおぞましい悪魔達で 溢れていた部屋は1人赤子を残し、今は 水を打ったように静まり返っている。 どれくらいの時が経ったのだろう。 まどろむ赤子に近づく影があった。 その影には角や尻尾はなく、ただ恐ろしい 程に美しかった。 白銀の髪と紅い瞳を持つ影は、長い睫毛を 伏せるとさらに赤子に近づき、そっと 手を伸ばす。 影――ルシファーは虚無界で強大な力を 持つ影の王だ。 それ故、多くの悪魔達に畏れられていた。 近づく者に恐怖を植え付ける存在。 きっと赤子も例外ではない…そう 思っていた。 「――!!」 ところがどうだろう。 赤子は近づく彼を恐がるそぶりを 全く見せず、 恐る恐る伸ばしたルシファーの指を掴んで 嬉しそうに笑ったのだ。 なぜ。決して平穏な人生は望めない というのに。 過酷な運命を、荊の道を、歩まなければ ならないというのに。 お前はなぜ、笑っていられる。 すると、ルシファーの声無き問いに 応えるように赤子が彼へと手を伸ばした。 それにルシファーが目を瞠り、続いて 1度瞼を伏せて思案した後何かを 決心したように赤子を見据える。 「お前となら―――…」 あるいは変えられるかもしれない。 抜け出せるかもしれない。 虚無に満ちたこの日々を、世界を。 「今は眠れ。瞑き悪夢から逃れるまで」 消え入るように囁いて、その小さな頬を ひとつ撫でると、 そっと赤子を抱き上げた―――――…  
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