第一章 植物少女に花束を

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  ≪魔界事変≫以前の時代から、東京随一の繁華街として栄え続ける浅草に近いこの住宅街で、異開門……虫食い穴(ワームホール)が出現したのはつい先日の事だった。  嘗て歌舞伎町に出現した巨大門(グレートホール)。それに匹敵するサイズでは無いものの、寿四丁目に出現した虫食い穴は近年稀に見る大型の物で、六階建ての集合住宅(マンション)を一つ、丸ごと飲み込んでいる。  天文観測部の情報から虫食い穴出現の予報を受け、其所で暮らしていた住民達も、魔導対策機関の加護に依って行方不明者も一人として出る事無く、安全な場所へと避難していた。  出現から十四時間後、虫食い穴も消失し、それに飲み込まれていた集合住宅も元の世界へと返還されている。 唯……たった数時間、異界に飲み込まれていた集合住宅は、植物の蔓に覆い尽くされた異様な建造物に変貌を遂げていた。  第一陣として、集合住宅周辺に送り込まれた魔導技研調査班が行った悪性瘴気の測定結果も、問題無しと判定されている。  現地調査とそれに伴う想定外の事態に備え、魔導対策機関、台東区支部と新宿区本部から、この街の調停役である魔導士族の名門……五稜家へ協力依頼が出された。  機関の中枢である新宿区本部も、八日前の≪本部襲撃事件≫に因る被害から立ち直れていない為、慎んで調査協力を引き受けた五稜家の当主は、弟子と従者の二名を連れて、寿四丁目にある集合住宅の調査へと向かっている。 「ナオ先生、三階の方はどうでしたか?」 「三階迄は異常無し。辺りに強い魔力の反応も見られない以上、何物かが存在しているとするなら……此処よりも上の階層。其方に潜んでいるかもしれませんわね」  足早に階段を駆け上がりながら、赤いドロワーズハットを被った少女……五稜ナオから三階の状況を聞き出し、橙色の髪の少女は手にした懐中電灯を外側へ向ける。  この集合住宅も周りのマンション、アパートと比べて一回り大きい。 築十七年、部屋数六十六。 虫食い穴から生じる≪瘴気の嵐≫や、巨大魔獣の攻撃に備え、物理防御用の魔術結界を施工され、その上、大地震や魔力エネルギーによる巨大振動、建築物に対して行われる生体融合や霊子ハッキング等の魔術攻撃への対策も完璧。  
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