第一章 植物少女に花束を

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   現在から丁度半世紀前、平成二十年代後半に起きた。異開門……虫食い穴(ワームホール)の大量発生事件。 異界門の大量発生は世界規模に及び、日本国の首都……東京では巨大門(グレートホール)が出現した。 それに応じて、虫食い穴も巨大門を中心に首都圏へ密集。 異界と交わった事に因り、東京は虫食い穴から来訪した異形の生物達……所謂“悪魔”達に因って、人間と異種族が共存する異質な街に変貌を遂げる。  ……やがて世界規模で発生した虫食い穴も減少し、各地の混乱も収束し始めた頃、首都圏より外界に住む者達は悪魔達と人間とが共存共栄するこの変わり果てた街を≪冥府≫と呼び、侮蔑の眼を向ける事となった。 …◆…◇…◇…  日中の気温も下がり、冷たい風が吹き始めた。中秋の中頃。 日曜日の午前九時。東京都台東区浅草、隅田公園。 沈痛な面持ちの少女は赤い魔葬花の花束を持って、言問橋西側から公園に入り、往来する人間や魔人達、小型魔獣の集団を掻き分けながら、築山付近を目指して歩を進める。  “一昨日”に起きた騒動など、誰も知らぬ様に普段と変わらない日々を過ごす者達の姿を流し目で見つめ、胸に抱いた虚無感に一人涙を流しながら、少女は橙色の前髪を掻き上げて空を見る。 視線の先に一羽の黒い鴉が彼女の後を追って、並木通りの中を緩やかに飛び回っていた。 「主人(マスター)、気に病む事など、何もない筈だが……?」  少女の頭上を飛ぶ一羽の鴉が、≪精神感応≫を利用して彼女の心に直接語り掛ける。 この街の治安や均衡を護る為に、多くの悪魔達と争ってきた彼から見れば、自身の中に浮かび上がったこの感情も、純粋に甘い物でしかないのだろう。 疑問を投げ掛ける相手へ反論する気も全く起きず、少女も目に涙を溜めたまま鴉の言葉に答えた。 「それでも、悲しみを感じずにはいられませんよ。だって“彼女”達は──」  少女は言葉を区切り、並木の下に咲く一輪の花を見た。 追悼の為に用意した魔葬花とよく似た。赤く大きな花弁を持つ魔界の植物。 その脇には約二十センチメートルの小さな石板が置かれ、複数の植物の名称が其処に刻まれていた。 築山付近……正面に東京スカイツリーの見える小高い丘の下で、少女は石板の前に跪いて献花を行い、静かに両手を合わせ祈りを捧げる。  
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