第一章 植物少女に花束を

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   今から六日前を起点に、一昨日の騒動を終点とする出来事を思い返して、両目から流れ落ちる涙を拭う事も無く、少女は目を開き石板の名前に視線を落とした。 「パラセイド、ニブーサ、ケンディエ、ゼム……」  涙声のまま、石板に刻まれた植物の名前を一つ一つ読み上げていく。 彼等もまた、異界からこの街に訪れた来訪者だった。 新天地へ小さな希望を抱いた彼等を待っていたのは、たった一つの“不運”と“見解の相違” それが彼等の心を絶望に塗り潰し、全てを奪い去っていったのだ。  少女の従者である鴉も近くの木に留まり、黙ったまま彼女の様子をじっと観察する。 鴉に見守られる中、少女は涙に声を詰まらせながら、石板に刻まれた最後の名前を口にした。 「ニコ……」  “彼女”との思い出が走馬灯の様に脳裏を過り、少女は溜め込んでいた涙を溢れさせ、土下座をする様に石板の前で大きく項垂れて、燦然(さんぜん)と輝く太陽の下でずっと嗚咽の声を漏らし続ける。  彼女達を巻き込んだ運命を変える術は無かったのか、悔恨に強く拳を握り締めて少女は六日間の出来事を振り返った。 …◆…◇…◇…  星一つ見えない曇り空の下。とある住宅街の一角。 東京の治安維持組織……“魔導対策機関”から借りた懐中電灯を片手に持ち、橙色の髪の少女は夜の暗闇に包まれた建物の中を、慎重に調べ回る。 一歩、足を前に踏み出せば、落ち葉を踏む様な乾いた音が響き、壁面に触れれば、植物の蔓(つる)を触る様な感触が手に伝わった。 「たった“十四時間”でこんな事になるなんて……」  少女の持つ懐中電灯は、階段の踊り場に散らばる陶器の破片を照らしていた。 目の前の階段を一段ずつ上に上がって、少女は手にした懐中電灯を恐る恐る上の階へと向ける。 「虫食い穴の中は完全な不可侵領域。その中で何が起きていたか、私達には理解しかねますわ」  彼女の動向を見守る様に、別の少女が上の階から視線を落とし、澄んだ声が少女の耳に届いた。 身を震わせて少女は声のする方向へと懐中電灯を向けた。 蔓と落ち葉が絨毯の様に敷き詰められた階段の先に、赤いドロワーズハットを被った白い髪の少女が、踊り場に立つ少女の顔を覗き込んでいる。 懐中電灯の光に反応し、ビビッドピンクの大きな瞳を細めて、赤いドロワーズハットの少女は踵(きびす)を返し、階段の前から背を向けた。  六日前の午後八時。東京都台東区寿四丁目。  
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