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魔界と隣り合わせにある≪冥府≫の環境に合わせ、可能な限りの対策を施された集合住宅を此処まで変質させた物の仕業に、恐れを抱きつつ少女はナオの後ろに付いて歩き、四階を調べる為に二人揃って近くの階段を上がる。
三階の踊り場へ足を踏み入れ、四階の方を見上げてナオは双眸(そうぼう)を細め、着用している桜色のドレスの袖に両腕を入れた。
「漸く動きを見せましたわね」
「えっ……?」
集合住宅へ潜む相手の正体に感付いた様に、ナオは踊り場から四階を見上げたまま冷たい口調で呟く。
橙色の少女もナオの挙動に合わせて、手にした懐中電灯で辺りを照らして回る。
周りに見えるのは深緑の落ち葉と、辺りを覆う黄緑色の蔓だけだ。
ナオが語る「動きを見せた」という言葉は、どういう意味なのか。
「きゃっ!?」
それを訊き出そうとした少女の胴回りに何かが絡み付く。
短く悲鳴を上げ、彼女は自身の腹部を締め上げる物を引き剥がす為に手を両腰に伸ばした。
「くうう……っ!」
身体を締め付けている物の正体は帯状に伸びた植物の蔓だった。
それが何処から伸びているのか、懐中電灯の灯りを利用して少女は蔓の先を辿り(たどり)、頭上に視線を向けた。
四階の踊り場から上体を下の階層に向けて伸ばし、人の上半身を持つ植物が此方の様子を注視している。
少女の前方に立つナオも魔術の≪詠唱≫を唱えながら、上の階層から現れた植物を流し目で見上げていた。
「──ブラスケーン・ソードアクション」
ドレスの袖口がはためいた次の瞬間、橙色の髪の少女を拘束していた帯状の蔓が音も無く切り裂かれ、踊り場の上に転がり落ちた。
「異界からの斥候よ、その姿を御見せなさい」
彼女の右手に握られた黄金色の杖に反応し、上体を垂れ下げていた植物も臨戦体勢に入る。
蝸牛(かたつむり)の様に壁を這って三階の踊り場へと進み、手摺りの上へ降り立って人型の植物はナオと少女の前にその全容を顕す。
「う……」
植物の容姿に気圧され、少女の顔色が凍り付いていく。
その物の全長は約百四十センチメートル。
人間に良く似た四肢を持ち、節々に深緑の葉が生えている。
手足の先とも言える部分からは、蚯蚓(みみず)の様な細長い蔓の様な管が蠢き、グロテスクな印象を此方に与えていた。
「マリア、よく御覧なさい。こういった魔人族に気圧されている様では、調停役としての責務も務まりませんわよ」
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