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天瀬修一は、このたび、家を買った。
家―――そう、立派な家である。
田舎とはいえ、そして田畑の中の一軒屋とはいえ、それでも立派な家を買ったのである。
駅から足を伸ばし、ペットボトル一本を軽く空にする頃には、その家の前に到着していた。
「―――」
懐かしいな、と思う。
純和風の、張り出した屋根も立派な一軒家。
何度も訪れたことのあるこの家。
そう、修一はこの家に何度か足を運んだコトがあった。
民宿『風乃屋』。
―――ココはかつて、民宿だったのである。
何度か修一はココを訪れ、そして泊まったコトがあった。
頭の中に過ぎる、懐かしいセピア色の思い出。
しかし、思い出だけではお腹は一杯にならないし、ましてやこの暑さが和らぐ訳でもない。
ただ、記憶の中の風景と、目の前の風景は完全に一致していて。
あの夏の蝉の声と。
空の青さと入道雲と。
低く迫り出した山々の緑が、どれもこれも懐かしかった。
汗をぬぐって、門をくぐる。
一礼した。
「お世話になります」
それは、これからこの家で暮らすにあたって―――この家に向かい合っての、正直な気持ち。
そう告げて、ポケットから受け取った鍵を取り出して。
そして、鍵を開けた。
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