2246人が本棚に入れています
本棚に追加
/352ページ
―――薄暗い家屋に、仄かに香る人の匂い。
しゃらん、とどこかで鈴の音が鳴った気がした。
ああ、いる―――彼女は居る。ここに居る。それを思い出した。
「待っていたぞ。というか待ちくたびれたぞ、修一。全くいつまで人様を待たせておく気だ」
「…」
しかし靴を脱ごうかという手前で、目の前に現れたのは、希望の人物ではなくて。
だが予想の範疇だった。
見知った顔に、修一は苦笑い。
「悪い。すまん、クロベエ。出迎えありがと」
「ふん。まあ一応最初だしな。挨拶はキチンとせねばなるまいしな」
尻尾をゆらゆらと揺らしながら、目の前で折り目正しく自分と向かい合う一匹の黒猫。
名をクロベエ。
―――猫だが、こいつは、しゃべる。
まあ、端的に言うならば、猫又という奴であり、妖怪という奴であるのだが。
何か、修一にとっては今更である。
幼い日、この民宿に泊まって以来というもの、クロベエの尻尾を追い掛け回していたのだ。
小さいあの日、こいつと言葉を交わして以来、むしろどうして他の猫は喋らないのだろうと疑問に思っていたくらいで。
なんかもう今更感が色濃く漂う。
最初のコメントを投稿しよう!