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全ての生物が死に絶えたかのような新月の晩。 その暗鬱とした暗闇の中で何かが山中を走っていた。 それは四つんばいで疾風のように走っている。
その存在から小動物達は逃げ回り、熊や猪のような大型の獣も彼に気づかれないように気配を消してそれが通り過ぎるのを待っている。
やがて彼は山頂近くのやや大きな木に昇り、それを昇りきると、赤い瞳を下げ、墨で塗られたように真っ黒い山を見下ろした。
ハアと口から白い吐息を中空に漏らしたそれは今夜の食事を探していたが、昨日は鹿、一昨日は猪と食べており、ほとほとそれらの味に飽きていた。 いかんせん山の獣達は食いではあるものの味がよろしくない。 やはり美味といえば人、特に若い女の血肉はとても柔らかく、どこをとっても食えないというところが無い。
極上の獲物であるが、そんな人間が山の奥に来ることは無く、たまに麓辺りにまで下りて通りかかった者をさらい、巣に持ち帰って食べるくらいだった。
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