曖昧な記憶の中で

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そこには、何も無かった。 「お母さん、お父さん……どこにいるの?」 幼い少女の行く先を照らす光も、上も下も。 少女以外の何一つ存在しない場所だった。 いや、何かしら存在していたのかも知れない。 しかし突然両親と引き離された少女には、何も感じることが出来なかった。 「帰りたい」 ただ一つ許された感覚。 「何も見えないよ」 それは孤独のみ。 「寒い」 「寂しい」 「助けて」 「……もう、歩けない」 『良いでしょう。私がお力添えをして差し上げます』 地を這うようなおぞましい声。 どこか捉え辛く、意識が朦朧とする。 「……誰?」 少女は辺りを見渡すが、誰もいない。 それでも自分以外の誰かが同じ時間と空間を共有している。 それだけでも、少女にとっては充分な希望だった。 『貴女様はただ助けを求めていればいいのです。さぁ私が貴女様を助けてご覧にみせましょう』 暗闇の中で目を凝らすと、何かが見えた。 黒檀のように美しい、十字架を模した物体が幾つも立てられている。 足元には土でもない、石でもない物が敷き詰められていた。 少女が彷徨うそこは、まるで絵本の中に登場した『死者の墓場』だ。 この足の下に、誰かが眠っている。 そう考えると、全身を鳥肌が駆け巡った。 「何を言ってるの?」 幼いながらも感じ取れる、新たに許された感覚。 身が凍りつくような恐怖だ。 この声の主は危険だと、本能が告げる。 『さぁ望みなさい。そして誓うのです。私の名をしかと記憶なさい。私の名前は……』
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