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身を屈め、賢者は長い袖でイリューンを包みこんだ。
「インブレイスを責めてはいけない。彼女は自分の使命と運命をよく知っていて、彼女にとって最良の選択をしたのだ」
「何が、いいっていうの?!どこがよかったっていうの?!」
腕の中でイリューンはもがいた。激昂し癇癪に近くなっていた。
「今日彼女が、濃い色の眼鏡を掛けていたのに気付いたかね?……彼女はあの子と会うことを知っていたのだよ」
眼鏡の奥にはうっすらと隈ができていた。恐らくは寝ていなかったのだろう。
最後の命を燃やすため、仕事を選び、かわりに捨てた我が子の嘆きを間近に聞くことは苦痛。
しかし、見違える様に大きくなった子供を懐に抱き、込み上げる幸せを思うと、無謀な子供の行動を阻止しようとすることはできなかったのだろう。
「彼女だけではない。あの子も……知っているのだ。“終わりの時”に母といられないことぐらいは」
大賢者からしてみれば慰めのつもりの、皆わかっていたことなのだ、だからお前が悩まなくてよいのだと言わんばかりの言葉は、余計にイリューンを悩ませた。
大好きな優しくて暖かな大賢者の手が、宥めるように頭を撫でる感触さえも、今は何も感じなかった。
「―……わからないんだよ、僕には」
呟きと瞳に翳りが落ちる。
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