⑮私、頑張ります

6/7

116人が本棚に入れています
本棚に追加
/156ページ
午後から、昔からうちの会社と馴染みの深い松の木の庭を持つ、その名も松並木さんの家に俺は雫を連れて向かう。 そこのオヤジはイガグリ頭の昔がたきの頑固ジジイで、俺とは話が出来るが、優司みたいな茶髪のロン毛のピアスという奴に、かなり手厳しい。 だから優司は、ここにはもう二度と来ない。 雫は、どうかな。 「松並木さんは、見た目からして恐いから何か言われても泣くなよ」 「へっ!…恐いの?」 雫のビビりまくった顔も、たまんねぇな。 俺ってSだな。 「こんにちは、はじめまして。今日は宜しくお願いします…って、深々とお辞儀する。いいな、絶対にやれよ」 「うん、絶対やる!」 雫は生唾を飲み込んで、その言葉を繰り返す。 あのオヤジはそう言うとこにも、うるさいから。 俺は雫に、車の中で何度も練習させた。 そして、本番。 「こんにちは、お世話になります。◯◯造園の永居です。剪定に伺いました」 インターホンには、ばっちりカメラが付いているから、きちんとしておかないと言われる。 「今、門を開けるから入って来なさい」 自動で門が開く。 腕組みをして、イガグリオヤジ登場。 「やぁ、永居くん。うちの可愛い松の木の手入れ頼んだよ」 「はい。ところで、今回新しくアルバイトを雇いまして、実は松並木さんのお宅が初めての業務になります。ご面倒お掛けするかもしれませんが、宜しくお願いします」 後ろに隠れる雫を引っ張り出して、 「はっ、はじめまして…よっ、宜しくお願いします」 深々とお辞儀をした。 よし、完璧だ。 「うむ、松並木です。宜しく」 このオヤジも俺と似たような性格をしていて、要するに打ち解けるまでに時間と手間がかかる。滅多に誉めない、口下手オヤジ。 ネガティブな言い方なんて、俺をも勝る。 剪定をしながら、俺は黒松の様子を見る。 雫は落ちた松を拾い集める。 あんな難しい顔してても、あのオヤジは松の木を凄く可愛がっていて、誇らしげにしている。 その優しい顔を、俺は知っている。 その松の木を俺に今預けているんだから。 そりゃあ、時々あんな面してこっちを見るわなぁ。
/156ページ

最初のコメントを投稿しよう!

116人が本棚に入れています
本棚に追加