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午後から、昔からうちの会社と馴染みの深い松の木の庭を持つ、その名も松並木さんの家に俺は雫を連れて向かう。
そこのオヤジはイガグリ頭の昔がたきの頑固ジジイで、俺とは話が出来るが、優司みたいな茶髪のロン毛のピアスという奴に、かなり手厳しい。
だから優司は、ここにはもう二度と来ない。
雫は、どうかな。
「松並木さんは、見た目からして恐いから何か言われても泣くなよ」
「へっ!…恐いの?」
雫のビビりまくった顔も、たまんねぇな。
俺ってSだな。
「こんにちは、はじめまして。今日は宜しくお願いします…って、深々とお辞儀する。いいな、絶対にやれよ」
「うん、絶対やる!」
雫は生唾を飲み込んで、その言葉を繰り返す。
あのオヤジはそう言うとこにも、うるさいから。
俺は雫に、車の中で何度も練習させた。
そして、本番。
「こんにちは、お世話になります。◯◯造園の永居です。剪定に伺いました」
インターホンには、ばっちりカメラが付いているから、きちんとしておかないと言われる。
「今、門を開けるから入って来なさい」
自動で門が開く。
腕組みをして、イガグリオヤジ登場。
「やぁ、永居くん。うちの可愛い松の木の手入れ頼んだよ」
「はい。ところで、今回新しくアルバイトを雇いまして、実は松並木さんのお宅が初めての業務になります。ご面倒お掛けするかもしれませんが、宜しくお願いします」
後ろに隠れる雫を引っ張り出して、
「はっ、はじめまして…よっ、宜しくお願いします」
深々とお辞儀をした。
よし、完璧だ。
「うむ、松並木です。宜しく」
このオヤジも俺と似たような性格をしていて、要するに打ち解けるまでに時間と手間がかかる。滅多に誉めない、口下手オヤジ。
ネガティブな言い方なんて、俺をも勝る。
剪定をしながら、俺は黒松の様子を見る。
雫は落ちた松を拾い集める。
あんな難しい顔してても、あのオヤジは松の木を凄く可愛がっていて、誇らしげにしている。
その優しい顔を、俺は知っている。
その松の木を俺に今預けているんだから。
そりゃあ、時々あんな面してこっちを見るわなぁ。
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