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雫は月読家とは、全く関わりない。
雫は母親も、父親もいない。
雫は記憶が消されていく障害。
三十二年間、そんなふうでよく生きてこれたよな。
よっぽど、月読のおばあさんに良くしてもらったんだな。
突然何もかも失ってしまう苦しみや、つらさを感じたら、死に辿り着くまで歩き続けてしまうのかもな。
雫との最初の出逢いも、そうだった。
出会い系なんかのメールで、夜道をさ迷い歩き続け、自分の家の帰り道がわからなくなっていたよな。
俺がどんな男かも知らず、家まで付いて来て。
月読のおばあさんが雫の母親を保護したように、行く宛の分からない雫を俺が保護した…か。
はじめて月読家に行った日も、雫は言った。
「どうせみんな死ぬ、独りになれば死ぬチャンスはいくらでもある、何もかも忘れてしまうなら、自分がこの世から消えてしまえばいい」
俺は雫の言葉を、声に出して呟いた。
「何だよ、それ?」
「以前、雫が漏らした言葉だ」
優司は言った。
「絶対、おまえはあの子から離れたらいけない。どんなにムカついても、絶対に突き放したりするなよ」
俺は黙って頷く。
「そろそろ、雫ちゃんが戻ってくるわ」
リサは風呂場の音を確認する。
「永居くん、絶対態度や言葉に出さないで。必ず異変に気が付いてしまうから。そのために全てを今日にしたんだから」
「……分かった」
タオルを首に巻いて、雫は笑いながら現れた。
「好人っ☆」
そして、俺の隣に座る。
「何だよ、何ニヤニヤしてんだ?」
「えへへ☆もう、みんな帰っちゃったかと思ったから」
「風呂上がりの雫ちゃんが見たかったから、待ってた」
優司はエロい言い方をして楽しませ、
「はい、雫ちゃん。オレンジジュースね」
リサも変わらず、穏やかに笑っていて、
「……」
俺は黙って雫を見つめていた。
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