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黙々と淡々と作業をして、堀河の嫁さんがお茶を入れてくれる。
俺は、その間に別宅へと様子を見に行く。
雫はどうしてるかな。
草をむしっているかと思ったら、雫は渡り廊下でボケたばあさんの隣に居た。
「雫、どうだ草むしり」
「あっ、好人っ」
俺はボケたばあさんに、一応頭を軽く下げた。
「バカ、こんな汚いのに廊下に座ったらダメだろ」
「ごっ、ごめんなさい」
ボケたばあさんは、かすれた声で言う。
「まぁちゃん、外国からいつ帰ってきたの?何年もかかるって言ってたのに…」
雫は答える。
「さっきだよ。草むしりしに来たんだよ」
何をやってんだよ。
「そうかい、わざわざそのために帰ってきたの。ありがとうね」
「おばあちゃん、また草がたくさん生えたら来るからね」
「外国は遠いのかい?」
「近いよ、車だから」
「そうかい、そんなに近いなら、おばちゃんも安心したよ」
俺はしばらく、雫とボケたばあさんのやり取りを見つめていた。
雫もボケてるから、ちょうどチグハグな会話で、案外いいのかもな。
すると、嫁さんがお茶とお菓子を持って現れた。
「おばあちゃん、お仕事の邪魔になるから静かにしてなきゃだめよ。本当にみっともない。ごめんなさいね、お相手させちゃって」
「いえ、全然お気になさらないで下さい」
「おばあちゃんの話、楽しいから平気です」
そりゃ、有る意味おまえは平気だよな。
「外国へ嫁いだ孫娘の話を毎日するんですよ。お嬢さんと同じ年くらいだから」
「うわっ、ケーキだぁ♪」
「召し上がれ」
「いただきます!」
「アルツハイマーで、時々何処かへフラリと行ってしまうから、目が離せなくて。過去を思い出せない、歯痒さなんでしょうね。さ迷い歩いて、何か思い出せる訳でもないのに」
「そうですか…」
「だから、名前と電話番号入りのブレスレットを付けさせているんですよ」
ばあさんのシワだらけの腕には不釣り合いの金のブレスレット。そこには、確かに文字が彫られていた。
「色々あるんですね」
冷たくあたる嫁さんにも、理由は有るわけだ。
「当分は、彼女が草むしりの専属になりますんで、今後とも宜しくお願いします」
「いえ、こちらこそ」
俺は頭を下げると、雫も慌てて、
「よっ、宜しくお願いします!」
生クリーム、口に付けたまま言った。
おまえなぁ……。
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