⑲私、消えたい

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「……古いお家には、大きな庭があって、廊下から眺めるの。風が吹くと草木が揺れて、花びらが飛ぶの。そしてガラス戸が、音をたてるの。だから、おばあちゃんが言うの。風が強いから戸を閉めなさいって……」 そんなふうに突然言い出す雫を、俺は見つめた時にドキッとした。 可愛いだけの赤ん坊みたいな雫が、今凄くキレイな大人の女に見えたから。 「一日ずっと庭ばかり見てても飽きない、そんな庭があったらいいよね」 「何でそんな事を言うんだ?」 何となく俺は問い掛ける。 「……自分が消えて無くなる感じがするから……」 消えて無くなる? 「おまえ、まだそんな事を言ってんのか?」 雫は空気みたく声を出さずに言った。 「わかるわけない」 俺にはそんなふうに見えた。 何となく、どう声を掛けたらいいのか戸惑ってしまった。 なるべく、月読の家の話もおばあさんの話も思い出させたくないから。 だから、自分の話をしたのに。 「なぁ、雫。いつもおまえ部屋ん中で独りで、こっそり何書いてんの?」 俺はそれも気になっていたから聞いてみた。 「忘れないためのものだよ」 「じゃあ、俺にも見せろよ。俺が記憶しといてやるから」 「ダメ」 「隠し事はなしって約束したろ?」 「宝物だから、こっそりしまって大切にしてあるの。だからダメ」 なんだ、そりゃ。 「あっそっ!」 胸くそ悪りぃな。 俺は、おまえの事を全部知りたいのに。 知って、俺だけのおまえにしたいのに。 「好人、怒った?」 「おう、ちょっとだけな」 俺は偉そうに言ってやった。 緑色の葉が、紅く黄色く染まるように。 おまえのためなら、俺は何色にも染まってやるから。 おまえは、そのまま新芽のような緑色のままでいいから。 だから、絶対俺から離れるな。 ずっと、一緒に居ろよ。
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