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「……古いお家には、大きな庭があって、廊下から眺めるの。風が吹くと草木が揺れて、花びらが飛ぶの。そしてガラス戸が、音をたてるの。だから、おばあちゃんが言うの。風が強いから戸を閉めなさいって……」
そんなふうに突然言い出す雫を、俺は見つめた時にドキッとした。
可愛いだけの赤ん坊みたいな雫が、今凄くキレイな大人の女に見えたから。
「一日ずっと庭ばかり見てても飽きない、そんな庭があったらいいよね」
「何でそんな事を言うんだ?」
何となく俺は問い掛ける。
「……自分が消えて無くなる感じがするから……」
消えて無くなる?
「おまえ、まだそんな事を言ってんのか?」
雫は空気みたく声を出さずに言った。
「わかるわけない」
俺にはそんなふうに見えた。
何となく、どう声を掛けたらいいのか戸惑ってしまった。
なるべく、月読の家の話もおばあさんの話も思い出させたくないから。
だから、自分の話をしたのに。
「なぁ、雫。いつもおまえ部屋ん中で独りで、こっそり何書いてんの?」
俺はそれも気になっていたから聞いてみた。
「忘れないためのものだよ」
「じゃあ、俺にも見せろよ。俺が記憶しといてやるから」
「ダメ」
「隠し事はなしって約束したろ?」
「宝物だから、こっそりしまって大切にしてあるの。だからダメ」
なんだ、そりゃ。
「あっそっ!」
胸くそ悪りぃな。
俺は、おまえの事を全部知りたいのに。
知って、俺だけのおまえにしたいのに。
「好人、怒った?」
「おう、ちょっとだけな」
俺は偉そうに言ってやった。
緑色の葉が、紅く黄色く染まるように。
おまえのためなら、俺は何色にも染まってやるから。
おまえは、そのまま新芽のような緑色のままでいいから。
だから、絶対俺から離れるな。
ずっと、一緒に居ろよ。
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