⑳私には何も無い

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……雫、もう寝るぞ……。 確かに、いつも言ってるな。 ……ちぇっ、チクショ……。 何て顔してんだ、俺は。 ……いい仕事してんだろ俺……。 あぁ、松並木さんの剪定の時の。 ……こんな庭が造れたらいいのに……。 雫に、おばあさんの事を思い出させてしまったあの日の。 ……忘れたくない、好きな人と永く居たい……永居 好人の側に居たい…… そうやって描かれた俺の顔は、優しく笑っていた。 一枚一枚、めくるごとに。 どんどん俺の表情が笑顔に変わっていくのが分かる。 俺はノートを雫を抱き締めてるみたいに、強く胸に当てて、ベッドへうずくまる。 こんなに、自分が変わっていくのを改めてこの目で思い知る事になるなんて。 おまえに俺はこんなふうに接していたんだな。 好きだよ、雫。 ……私には何ができる……私には何も無い…… 最後のページには、そう書かれていた。 どういう意味だ? おまえは俺に、こんなにも好きな気持ちを持たせてくれたじゃねぇかよ。 最初はみんな何も無いんだよ。 だから、二人でたくさん思い出を作るんだよ。 周りを巻き込んで、もっと楽しくしていくんだよ。 喜んで手を叩くおまえが転ばないように、俺がいつも側で見守ってやるんだから。 おまえには、俺が居るんだから。 ……戻って来てくれ。 俺はノートをもう一度開く。 こんな庭が造れたらって話した時、アイツは自分の思い出を語った。 待てよ、◯◯駅周辺って街外れで寺ばっかだったよな…。 雫に見せたかった、俺が手掛けた庭があるあの寺が、確か近くにあったっけ。 まさか、あそこに行ったんじゃないよな? 俺は慌てて優司に電話した。
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