⑳私には何も無い

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寺に辿り着く前に、アイツは分からなくなって、人の家に入り込んだのか。 ……バカだな、本当に。 俺は車をUターンさせて、また山道を降りる。 旧街道沿いの民家の表札を見ながら、ゆっくりと車を走らせていると、中学生くらいの男の子が立っていた。 俺は車から降りて、深く頭を下げる。 「ご迷惑おかけして、すいません。永居です」 「いいんですよ。おじいちゃん、永居さん来たよ。さっ、入って入って」 そこは、古い木造建ての家。 灯籠のある広い立派な庭があった。 「夜分遅くに本当にすいません」 「いや、とんでもない。連絡取れてよかったよ」 腰の曲がったおじいさんと、中学生の男の子。 他には誰も住んでいる気配がない。 二人で住んでいるのか。 「心配じゃったろうね。凍死するとこだったけど、うちのワンコが見つけてお手柄でしたよ」 「意識も薄れていたから、とりあえずは僕の部屋で布団にくるめてあります」 「ほれ、案内してあげなさい」 俺は部屋に連れて行かされて、扉を開ける。 布団にくるまれて、部屋の中は相当暖められていた。 「こんなにまでして頂いてありがとうございます。後日必ずお礼に伺います」 俺は一安心して、深く溜め息をつく。 「もう、すぐに帰られますか?」 「はい」 「じゃあ、雫さんの荷物の準備してきますね」 男の子は部屋の扉を静かに閉めた。 ……雫、無事でよかった。 俺は雫の寝顔にキスをする。 すると、雫の瞼がゆっくりと上がった。 「…好人…」 俺はその言葉にかなり安堵した。
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