⑤私、思い出せない

4/5
前へ
/156ページ
次へ
答えられないで、分からないと言われたら…。 なんて、思ったりもしたから。 「好人っ」 「何だ?」 「好人、好人っ」 雫は何度も俺の名前を呼ぶ。 「だから何だ?」 ふざけて、呼ぶのもいい加減にしろよ。 俺はホッとしたからか、笑いが込み上げてきた。 「私、他の事は忘れちゃっても…好きな人の事は忘れないよ…」 えっ…………。 雫はジッと俺を大きな瞳で見つめて、更に引き寄せた。 「ありがとう、好人…。ずっと、忘れないよ…」 何か今、雫が違う生き物に見えた。 今の雫の言葉が、あまりにもしっかりと俺に響いてしまって。 「今、何て言った?」 「好人…」 「違う、その前だ」 そして、雫はまたサンドイッチを頬張りながら言った。 「思い出せな~い、分かんな~い」 嘘だ。 どこまでが演技で、どこまでが本当なんだ。 雫は俺の口にサンドイッチを挟み入れた。 「一緒に食べよ♪」 俺は今、 間違いなく、 雫の中に居る、 本物の雫を見た気がした。
/156ページ

最初のコメントを投稿しよう!

116人が本棚に入れています
本棚に追加