⑥私、知らない

5/7
前へ
/156ページ
次へ
何だ…。 居間には、テレビすらない。 ちゃぶ台一つが置かれていた。 きれいに片付けられていて、本当に他には何もない。 「雫。どこが、おばあさんの部屋なんだ?写真とかないのか?」 一応この家は今は居なくても、主はおばあさんだ。その主には、手を合わすのは常識だからな。 「ない…何もないよ…」 俺はそんな小さな声は聞こえず、それらしき部屋へと入る。 ……嘘だろ。 その部屋には全て何もない状態になっていた。 残っているのは、畳に焼けたタンスなどのシミだけ。 その先には洋間の扉。 少しだけ開けると、薄暗い部屋の中は雫の部屋なのか、図鑑やぬいぐるみや脱ぎ捨てられた下着や服が散らばっていた。 どういう事なんだ。 俺は急いで、雫の居る台所へと戻る。 しかしその台所も、冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器、隅に置かれた剥き出しになったわずかな食器しかなかった。 明らかに、その食器は雫のだと分かった。 「コップは私のを使ってね」 そう言って、麦茶の入ったコップを手渡された。 雫はというと、麦茶を味噌汁のお碗に入れて飲もうとしていた。 俺は驚いてしまった。 それと同時に何やら腹立だしいような、やるせない気持ちになった。 「雫は自分のコップで飲めばいい。俺はこれで充分だ」 一気にお碗に入った麦茶を飲み干して、俺は怒り口調で言った。 「おばあさんのものが一つもないのはどうしてだ!」 「…私、嘘ついてないよ」 「そんな事は聞いてない!」 何となく分かってしまったから、余計に怒りが込み上げる。 「親戚か?親戚がみんな片付けて、わざと雫のものだけ残していったんだろ!」 人ごとなのに、久々にムカついた。 「おばあちゃんは、みんなのおばあちゃんだもん。仕方ないよ。その代わり、私はずっと今まで一緒に居て独り占めしてたから、いいよ」 そんなふうに言ってるけど、俺には雫の口唇が震えているのが、分かる。 「平気…。どうせ、そのうち全部忘れちゃうから…」 俺はムカつき過ぎて、流し台をおもいっきり殴った。 …バンッ!!… 「やめろ!もう言うな!」 雫はビクリと驚いて動けなくなった。
/156ページ

最初のコメントを投稿しよう!

116人が本棚に入れています
本棚に追加