⑧私、寂しくない

3/8
前へ
/156ページ
次へ
休みの日に、優司と俺は雫を連れて、雫の住んでいたおばあさんの家に荷物を取りに出掛けた。 車の中で、音楽をかけると雫は以前よりも楽しそうにノリに乗って踊るから、 「こらっ、揺れる…車が揺れる!」 運転する俺も集中力がなくなる。 「いいじゃないですか、好人くん。楽しいのが一番ですよ。ねぇ、雫ちゃん?」 後部座席で同じようにノリに乗る優司。 俺の家まで、車を乗り付けて、なぜおまえは俺の車に乗り込むんだ。 「えっと、名前が思い出せないけど楽しいね」 雫は優司を見て、考え込んだ結果。 やっぱり、もう忘れたんか。 「初めまして、優司です」 「はい、優司さんでした」 何、言ってんだコイツら。 「雫ちゃんとは、毎回会うたびに初対面だから何だか凄い新鮮だわ~」 「えへへ、誉められた」 俺は嬉しそうな雫の顔に、何かムカついて、 「…アホらしい…」 遠くを見た。 名前すらも覚えてもらえない事を気にしろや。 どこまでも前向きな優司の性格に、俺は鼻で笑って、すっ飛ばす。 「雫、おまえの荷物なんだけど処分できるのは処分して行こうな。全部は俺の家には入らない。それぐらいは分かるよな?」 「うん。分かった」 「優司も荷物運ぶってのに車出さないなんて、おまえを連れてく意味がないだろが?」 「何を言うか。好人のこの黒塗りの無駄にデカイ、スーパーワゴン車なら何でも乗るだろ?俺なんか軽自動車だから足元にも及ばない。すまんな」 「ったく、最悪だなコイツ」 まぁ雫の荷物ったって、残りの服と雫の大切にしてるモノくらいだろうけど。 こないだ雫の家に行った時は、雫の様子がおかしかったけれど、今日は優司もいるせいか気持ちが落ち着いている。 記憶が消えてしまうと言っても、どっかで何かしら残っていたりするもんなんだと、雫を見て思った。 例えば、一番思い出したくない事は覚えていたり。 一番楽しい出来事は、思い出せなかったり。 きっと、苦いことは時間の流れが長く感じて、嬉しい事はいつでも一瞬で終わるからだろう。 それは、俺も同じだ。
/156ページ

最初のコメントを投稿しよう!

116人が本棚に入れています
本棚に追加