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「蛍(けい)は?」
朝食のテーブルに就いた俺は、妻の理保(りほ)に声を掛けた。
「…まだ、起きないみたい。」
スクランブルエッグを焼きながら、理保が応える。
「…しょうがない奴だな…」
「昨夜も遅く帰って来て…一体、何をしてるのかしら…」
「…知らないのか?」
「…」
理保は、無言で頷いた。
「そんな事じゃ、困るな。お前、母親だろう?」
「…じゃあ…」
理保が、くるりと振り向いた。
「父親のあなたは、どうなのよ!」
「…」
「仕事、仕事で、家の事は、全部、私!」
「…おい。」
「ええ、そうよ!そりゃ、あなたが働いてくれてるお陰で、私達は生活出来てるんですけどねっ!」
「おい。」
「だからって、蛍の事は、全部、私の責任!?」
「ちょっ…」
「私だってねっ…!」
「焦げてる!」
「…えっ?…あ!」
もうもうと立ち上る黒い煙に、俺は、今朝のスクランブルエッグの味を諦めた。
「…朝っぱらからギャアギャアうるせぇなぁ。」
その時。
息子の蛍が、寝癖頭をぼりぼりと掻きながら、キッチンに入って来た。
「俺、朝メシいらねーから。」
「おい。蛍。」
「…んだよ。」
理保の言う事にも一理ある。
たまには、父親としての威厳を示さねば…と、俺は考えて、精一杯、厳しい顔を作った。
「…何その変顔。俺、にらめっこ強えぞ。」
が、蛍のその一言で、俺には、カミナリ親父の才能が無い事を思い知らされた。
「…いや、その…」
「…用がねぇなら、いちいち呼び止めんなよ。」
「ま、毎晩、遅いそうじゃないか。」
「それがどうしたよ。」
「一体、何をしてるんだ。」
「関係ねーだろ。」
「か、関係無い事無いだろ!父さんは父さんなんだぞ!」
「…何だそれ。当たり前じゃねーか。」
「…な…!」
「だから、朝の忙しい時に、わけわかんねー事言うの、やめてくんねーかな。」
「…わ…わけわか…!?」
「万年課長の親父と違って、俺はヒマじゃねーんだからよ!」
「け、蛍!」
俺の呼び掛けは、すっかり反抗期真っ盛りの、十五歳の息子にとって、何の抑止力にもならないらしい。
俺は、気まずい思いで、理保が荒々しく置いた皿の、焦げたスクランブルエッグを、黙って食べるより他、出来る事は何もなかった。
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