第一章 二十年後

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「蛍(けい)は?」 朝食のテーブルに就いた俺は、妻の理保(りほ)に声を掛けた。 「…まだ、起きないみたい。」 スクランブルエッグを焼きながら、理保が応える。 「…しょうがない奴だな…」 「昨夜も遅く帰って来て…一体、何をしてるのかしら…」 「…知らないのか?」 「…」 理保は、無言で頷いた。 「そんな事じゃ、困るな。お前、母親だろう?」 「…じゃあ…」 理保が、くるりと振り向いた。 「父親のあなたは、どうなのよ!」 「…」 「仕事、仕事で、家の事は、全部、私!」 「…おい。」 「ええ、そうよ!そりゃ、あなたが働いてくれてるお陰で、私達は生活出来てるんですけどねっ!」 「おい。」 「だからって、蛍の事は、全部、私の責任!?」 「ちょっ…」 「私だってねっ…!」 「焦げてる!」 「…えっ?…あ!」 もうもうと立ち上る黒い煙に、俺は、今朝のスクランブルエッグの味を諦めた。 「…朝っぱらからギャアギャアうるせぇなぁ。」 その時。 息子の蛍が、寝癖頭をぼりぼりと掻きながら、キッチンに入って来た。 「俺、朝メシいらねーから。」 「おい。蛍。」 「…んだよ。」 理保の言う事にも一理ある。 たまには、父親としての威厳を示さねば…と、俺は考えて、精一杯、厳しい顔を作った。 「…何その変顔。俺、にらめっこ強えぞ。」 が、蛍のその一言で、俺には、カミナリ親父の才能が無い事を思い知らされた。 「…いや、その…」 「…用がねぇなら、いちいち呼び止めんなよ。」 「ま、毎晩、遅いそうじゃないか。」 「それがどうしたよ。」 「一体、何をしてるんだ。」 「関係ねーだろ。」 「か、関係無い事無いだろ!父さんは父さんなんだぞ!」 「…何だそれ。当たり前じゃねーか。」 「…な…!」 「だから、朝の忙しい時に、わけわかんねー事言うの、やめてくんねーかな。」 「…わ…わけわか…!?」 「万年課長の親父と違って、俺はヒマじゃねーんだからよ!」 「け、蛍!」 俺の呼び掛けは、すっかり反抗期真っ盛りの、十五歳の息子にとって、何の抑止力にもならないらしい。 俺は、気まずい思いで、理保が荒々しく置いた皿の、焦げたスクランブルエッグを、黙って食べるより他、出来る事は何もなかった。
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