第一章 二十年後

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発ガン性物質の塊のような朝食を終え、いつものように、愛する妻から“いってらっしゃいのキス”…の、代わりにゴミ袋を渡され、家を出た。 いつもの駅のホーム。 いつものように、轟音を立てて滑り込んで来る、人間プレス装置。 苛烈なおしくら饅頭を、頭の隅で政府の責任にしながら、延々四十分続けた末 『良く焦げたスクランブルエッグをリバースしなかったもんだ。』 等と考えながら、会社の最寄りの駅に降りる。 あちらこちらのビルに吸い込まれて行く人波を見ながら、自分もその中の一人なのだと、ふと気付き、溜め息を吐きながら、“村上商事”の社ビルに入る。 エレベーターに足を踏み入れた途端、定員オーバーのブザーが鳴った。 エレベーターの中にいる全員が、俺をぎろりと睨む。 隣の横幅を大いに占領している営業部のデブまで俺を迷惑そうに見てやがる。 テメェのせいだよ、と心の中で毒づいて、俺は、すごすごとエレベーターを降りた。 閉まるエレベーターのドアを見ながら、がくりと肩を落とした俺は、階段を昇る事にした。 たった三階分の階段に息を切らしてしまった俺は、自分の歳を実感しつつ、廊下の向こう、はるか端っこにある総務部のドアを目指した。 ドアを開けると 「あ、お早う御座います!」 今の今まで鼻毛を抜いていた手前の席の男子社員の高橋が、その手を引っ込めて直立して頭を下げる。 奥の席の、入社三年目の女子社員の佐藤が、爪に色を塗りたくりながら、こちらを見ずに 「おはよーございますぅ~」 と、やけに間延びした挨拶を投げ捨てる。 「…おはよう。」 うちの課には、こんな連中しかいないのか、と、今更ながら思い、口から溜め息が零れ落ちた。 奥まった自分の席に就くと、佐藤が億劫(おっくう)そうに立ち上がり、給湯室へと向かった。 十五分後。 佐藤の手によって、すっかり冷えたお茶の入った湯飲みが、それこそ面倒臭そうな仕種と、仏頂面をおまけに付けて、俺の机の上に置かれた。 「…有難う。」 何に対しての感謝の言葉なのか。 自分でも解らぬまま、それこそ儀礼的に、既に背を向けている佐藤に謝意を表明した。 これが、今の俺の日常。 元、アマチュアロックバンド“WING”のヴォーカル&ギター、若山渉は、企業のしがない中間管理職へと華麗なるレベルアップを果たしていた。
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