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高橋の鼻毛を抜いていた時間と、佐藤の爪に塗りたくっていた塗料が乾くまでの時間。
その時間分、頭の中で“ふざけんなよ”と唱えながらのサービス残業を終えて時計を見ると、七時半を回った所。
その時、ポケットの中のケータイが震えた。
画面を見ると、ゲンからの着信だった。
「おう。何だ。」
“ワタル。もう家か?”
「いや。今、仕事が終わった所だ。」
“そりゃ、いいや。”
「…何がいいんだよ。」
“今、近くまで来てるんだ。一緒に飲みに行かねぇか?”
元WINGのドラムス、後藤元と俺は、バンド仲間である以前に、中学時代からの同級生だった。
それが災いして、奴が実家の畳屋を継いだ後も、こうして連絡を取り合う腐れ縁だ。
「…今回は、お前のオゴリだろ?」
“何言ってんだよ!この前も俺がオゴってやったんじゃねぇか!”
「嘘吐け。あん時ゃ、お前がオゴるとか言っときながら、先に酔い潰れやがって、結局、俺が払ってやったんだ。」
“馬鹿野郎!お前と飲んで、俺の方が先に酔う訳あるかよぉ!”
「お前、調子ん乗って、俺が止めるのも聞かねぇで、ウォッカと焼酎、チャンポンしやがったんじゃねぇか。」
“嘘だよぉ!俺がそんな…あれ?”
「で、ベロンベロンに酔っ払って、俺がタクシーに乗せてやったんじゃねぇかよ。忘れたのか?」
“…え…ちょっと待てよ…えーと…”
「てな訳で、今夜はお前のオゴリだ。」
“…あ!思い出した!違うだろうが!あん時ゃ、確かに酔ってたけど、お前、俺の財布出して、割り勘にしてただろ!”
「…ちっ。覚えてやがったか。」
“相変わらず、油断も隙も無ぇ野郎だな!大体、テメェはバンド時代だって…!”
「分かった、分かった。悪かったよ。…実は、不景気で懐が寂しいんだ。」
“そりゃ、俺んとこだって同じだ!”
「だからさ…今夜も割り勘でどうだ。」
“…仕方ねぇなぁ。次はオゴれよ?”
「じゃあ、待ち合わせ場所は、駅前でいいな?」
“ああ。早く来いよ。”
「了解。」
俺は、電話を切って、一つ伸びをした後、上着を羽織り、オフィスの電気を消して、社ビルを出た。
『ゲンの野郎、あの時、割り勘より少し多めに飲み代抜かれた事にゃ、気付かなかったらしいな。』
と、心の中で呟き、その事に、ほくそ笑みながら。
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