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「…俺達…あのままバンド続けてたら、どうなってたかなぁ…」
連れ立って入った居酒屋で、ゲンが、ツマミのホッケを食いながら、ぽつりと呟いた。
「…また、その話かよ…」
ゲンは、酔って来ると、すぐに昔話を始める。
「…そうだな。超メジャーとは言わないまでも、インディーズで、結構いい所くらいまで…」
俺も、少々酔っているらしい。
“そんな訳ゃ無ぇ”のは、俺達が一番良く解っている。
「…」
だから、ゲンも何も応えず、ただ、グラスの中身をぐい、と一気にあおった。
「…奴ぁ、上手ぇ事やったよなぁ…」
ふと、ゲンが視線を斜め上に向けた。
その視線の先を追うと、天井近くに備え付けられた棚の上のテレビが見えた。
「…矢崎か…」
“今日のゲストは、皆さんご存知、この方です!”
どこが面白いんだか良く分からないお笑い芸人を司会にした番組に、今や“カリスマ”と呼ばれるロックシンガー、矢崎栄一が映っている。
「俺達と同じステージで演(や)ってた頃は、ほんのガキだった癖によぉ。」
多少、ひがみもあるらしい。
ゲンは、口を尖らせた。
当然と言えば当然かも知れない。
同じライブハウスの出身で、片や大スター、片や企業のしがない課長と畳屋のオヤジだ。
「まあまあ。」
俺は、苦笑しながら、ゲンをなだめた。
「やっぱり、奴は昔から光ってたよ。作詞も作曲も、俺達凡人じゃ、到底敵わないようなセンスで…」
「…そう言やぁ…」
俺の言葉の途中で、ゲンが、ぐい、と顔を寄せた。
「…あの曲、どうした?」
「…あの曲?」
「ほらぁ。お前が最後に作ってた、あの…」
「…もういいだろ。その話は。」
「良くねぇよ!折角、作った曲だろ!」
「…」
「なあなあ、あの曲、どうしたんだ?」
「…」
「なあ、ってばぁ!」
「五月蝿ぇな!」
俺は、テーブルをどん!と叩いた。
店の中が、しん、と静まり返る。
「完成しなかったんだよ!」
「…え…」
「出来上がる前に、WINGは解散しちまったし!そのまんまだよ!」
音一つ無い居酒屋に、ただ、テレビの音声だけが響く。
“…で、矢崎さんのイチ押しのミュージシャンて、誰かいます?”
矢崎は、にやり、と笑った。
“WINGってバンドだよ。”
「…えっ?」
俺とゲンは、同時に声を挙げ、同時にテレビを見上げた。
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