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数日前まで彼は優しい人だった。でもこの悲劇を起こしたのも彼だ。そして、躊躇なく人を殺めたのも彼だ。だけど、人の死を悲しんでいるのもまた、彼だ。
わたしには、どの彼が、本当の彼なのか分からなかった。
ただ一つ、彼は望まぬ事をしている。それだけは分かった。
……可哀想な人。
彼は、すまなさそうに伏せた目を上げた。目が合う。
わたしには、目の前の、母さんが死ぬ光景がただひたすら遠く感じた。
本当に、一瞬のことだった。母親が倒れて、振り返って見たら、首を切り落とされていたのだから。
きっと、苦しみを味わう暇などなかっただろう。もしかしたらそれは、彼の優しさだったのかもしれない。
男はさっと剣を振り払い、刃についた血を落としていた。パシャ、と血だまりが揺れた。
辺りで燃え盛り、爆ぜる炎の音の中に音が一つ、波紋が広がる。
母さんは、線の切れた人形のように力尽き、動かなくなった。
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