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「負けた………」
しっかり抱きしめた彼女はあの頃と変わりなくしっくり噛み合って、やっと半身を取り戻した気がして馳那は安堵して抱きしめ返された香椎の腕に小さく苦笑する。
「やっと認めてくださいましたね」
嬉しそうな香椎の声が耳に心地よく響き、見た目に反して破天荒なこの女性にもうこれ以上勝てる気がしなくて、馳那は早々に白旗を上げた。
「……ぁあ…」
が、力を抜いて、瞳を閉じて、そこで脳裏に浮かんだイメージに、そろっと瞳を上げて、馳那は抱きしめていた香椎の身体をそっと離し、もう一度香椎の顔を確認して、頷いてぼんやりと立ち上がった。
「馳那?」
余韻にふけるでもなく、離れた馳那を呆気にとられた香椎が見上げて、名を呼ぶと、ぼんやりとした馳那がチラり視線をよこして微笑む。
「……ちょっと待ってて、……あぁ、思い浮かんだ」
「?……まって、馳那?!」
言って、足早に部屋を出て、通路を進み、ざわめく準備中の個展会場に足を踏み入れ、大きく開いた空間を見上げる。
それに気付いた門下達の姿勢を感じてはいたが、気にする事も無く、空間を目に焼き付けて、先ほど浮かんだイメージと照らし合わせて目を開く。
「馳那さん?」
「……あぁ…山吹……用意した花を全部ここに持ってきて。
浮かんだ」
「あ………は、はい!!」
返事を聞いてから、暫く、馳那の記憶は途切れることとなる。
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