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キッスの代わりに、強烈な平手打ちをプレゼントしてやった。
冬の冷気を切り裂いて、乾いた音が高らかに響きわたった。
雄二は、よろめく身体を両足で踏ん張り、苦悶のうめき声を漏らしつつ、必死で痛みに耐えている。
その肩は……小刻みに震えていた。
「あははは……ご、ごめ~ん……」
少し冗談が過ぎたと思った紗季は、両手を合わせて詫びながら、雄二の顔を覗き込んだ。
「ふう~、気合い入ったぜェ~」
地鳴りのようなおどろおどろしい声でそう言うと、雄二は身体を起こした。
阿修羅のような面相を繕い、頬を撫でながら不適に笑っている。
が、その目じりからは、かすかに涙がちょちょ切れていた。
「うわ~お! さっすがボクサー!」
紗季は大袈裟に驚いてみせ、雄二の不死身の闘志を称えてやった。
演技……
オドケていないと崩れ落ちてしまいそうな何物か……それを誤魔化すための、ふたりの哀しい演技……なのかもしれない。
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